ケガで障がいを負っても果敢に攻め続け平昌冬季パラリンピックを目指すスゴい人!

ゼロからの復活

スポーツの基礎はブロックと同じ

カフェインとアルコールから見えてきた身体の状態

いまスノーボード業界で注目されている選手がいる。
兄は成田童夢氏。姉は今井メロ氏。
兄弟の中でもスポーツ万能と言われている彼は、練習中に大事故に遭い、左足の膝から下が麻痺状態となった。
しかし事故から数年経った今、またトップ選手として活躍している。
今年(2017年)開催された障害者スノーボードのワールドカップにおいて、バンクドスラロームで優勝した。
彼はどのような精神状態を作り、鍛錬してきたのだろうか?

さあ…
パラアスリート(スノーボード・走り高跳び)
成田 緑夢様の登場です!

1歳からスノーボード、3歳からトランポリン

スポーツ万能な父は「子どもたちには何か1つ、秀でるものを身に付けさせよう」という思いがあり、兄や姉はオリンピックに出場を果たし、僕も1歳からスノーボードを始めました。
冬は長野などに行き、夏は愛媛にあった室内スキー場で練習しました。
物心つく前ですので、ラジコンの様に父に動かされていた感じですね(笑)
トランポリンは3歳頃から始めました。
朝1時間、学校から帰って1時間練習。
友達とも遊べず、練習が辛かったのは覚えています。
子どもの頃からスノーボードの大会で優勝していましたが、僕にとっては運動会で1位になるくらいの感覚で、本当の有難みは理解していませんでした。

長かったスランプ

高校2年生の頃、技が全く出来なくなった時期がありました。感覚が狂ったのです。
2回宙返り1回半ひねりが出来て、次に2回半ひねりが出来るようになると、以前はできていた1回半ひねりが出来なくなってしまいました。
心が折れてしまい、3ヶ月程スノーボードから遠ざかりました。
父に無理やり連れ戻され、また始めたのですが、目の前の1つの課題に5時間かかるのです。
「このペースだと7年もかかるやん!」と思ったのですが、そうではないのですよね。
たとえ今、目の前の一歩に5時間かかったとしても、20歩目ぐらいには慣れてきて、1分で次に進める可能性もあるのだと、当時は知りませんでした。
結果的に1年かけてスランプを脱出しました。

人生を変える大事故

2013年3月の世界選手権に日本代表として出場し、ソチ五輪に向けてトレーニングを開始しました。
特別メニューとして考案されたのが、両足に5kgの重りを付けていつもの様にトランポリンで練習すること。
1週間程この練習をした時、通常は空中でも95%身体のコントロールは効くのですが、重りを上手く操れず、肩が膝に当たり、膝が逆に折れてしまいました。
この時、膝の動脈も神経も切れてしまい、大量に出血しました。
病院に運ばれた時には意識もなく、死ぬかもしれないと言われていたそうです。
意識が戻ってからも会話は出来ず、勿論歩けないから車椅子での生活。
何も聞かされず、脱臼かな?と思っていたのですが、3ヶ月くらいして会話が出来るようになった時、そう言えば左足が動かないかも知れない、と気づきました。
でも、何故かそれほど落ち込みはしませんでした。

事故後、マイナスからの復活

板を履いて雪に乗った時、ショックという言葉より「・・・(絶句)」でした。
今まで何万時間もしてきたスノーボードというゲームのデータが、全てリセットされた感じでした。
左膝の下は感覚がなく、竹馬に乗っているようでしたが、「何となくでもやってみようかな、暇やし」という気持ちでスタートしました。
そもそも会話もできず歩けない所からのスタートでしたので、ゲームに例えると、武器は多少揃っているだろうと思いました。
今振り返ってみると、事故前に目標を完全にオリンピックにしていたら、事故後にはスポーツさえもしていなかったかもしれません。
大きな目標を切り離し、結果を求めても仕方がないので、目の前の一歩を楽しむことにしました。
本来のスポーツの楽しさや面白さをもう一度、一歩一歩、高めて行きました。

エラー修復の連続

約20年やっていたので、スノーボードに関するデータはあります。
ただ身体の状態が違うので、それをマイコンピューターに入れて起動すると、エラーを起こすようなイメージです。
そうしたら、そのエラー箇所を分析して、エラー箇所のブロックだけではなく、全体を外して今の身体で対応できるよう組み立て直し、もう一度その部分にはめ込む感じです。
僕はまだ足のことを知りきれていないので、ちょっとした衝撃で試合中にエラーを起こすこともあります。
それでも復活が早かったのは、先を見すぎなかったからだと思います。
方向を決めて、今目の前の事に全力投球し続けたからです。
上手く行かない事があっても気にせず、目の前に集中です。

スポーツの基礎はブロックと同じ

僕の身体の70%はトランポリンで作られています。
トランポリンは運動能力が上がるのです。
スノーボードだけではなく、2016年にウェイクボードの全日本選手権で優勝し、日本パラ陸上選手権の高跳びで2位になれたのは、全てトランポリンで培われた身体のおかげです。
僕が経営しているトランポリン教室で、子どもたちによく言う事があります。
ブロックで例えるのですが、スポーツというのは大体12個くらいのピースで出来ている。
それを組み替える事で野球、スノボ、水泳などに応用されるけれど、大半の人は1つの競技しかせず、ピース数が少ないので、他の競技に応用出来ないのです。
トランポリンを通じて12個のピース全てを揃えて子どもたちが大きくなり、やりたいスポーツが見つかったら専門家の所に行き、組み立ての説明書を見せてもらえば良いと教えています。

カフェインとアルコールから見えてきた身体の状態

日常生活の中で、自分の身体から出るクリーンな信号を読み取っています。
信号を受け取る上で重要なのは、カフェインとアルコールを摂らない事です。
以前は僕も摂取していたのですが、カフェインを摂ると調子が上がり、アルコールを摂ると下がるのです。
それを活用した時期もあるのですが、結果的にその場で身体を騙しているだけで平均的なパフォーマンスは徐々に下降し、落ちた分を試合までに取り戻すのも大変でした。
カフェインやアルコールを抜くと、身体からの信号を素直に受けとめることができ、休む時は休み、平均値を徐々にでも上げると常に良い状態で試合に臨めます。
その場しのぎのテンションより、安定して強い状態にある事が重要です。

障がいを持っている人、怪我をして引退された人、一般の人に、夢と感動と勇気を!

人生を、何で攻めていくか考えた時がありました。
ビジネス?音楽?絵?スポーツ?
僕は今、スポーツの技を沢山持っている。
足を怪我しているならパラリンピックに出て復活した姿を見せる事が大切。
競技は特に選ばない。今は来年の平昌パラリンピックを目指しています。
スポーツを引退しても、僕の人生のテーマは変わらないので、今経営しているトランポリン教室と合わせて、他に新しいチャレンジをしているかも知れません。
ここに来てやっと、子どもの頃、嫌がっても父がやらせていた事が活かせていると思うし、結果が出てきていると思っています。
足の大怪我でリセットされた事は沢山ありますが、思考や行動はその前より飛躍的にバージョンアップしました。
僕の人生のテーマは、障がいを持っている人、怪我をして引退された人、一般の人に、夢と感動と勇気を届けることです。

取材を終えて・・・

弱冠23歳なのに、思考のバランスが素晴らしかった。
何かで学んだわけではなく、全て自分の実体験から積み重ねて来た思考。
20歳で大怪我をして理想としていた道は断絶され、マイナスからまた這い上がってきた。予期しないエラーが起きたら、取り外して分析して、今の身体で出来るよう組み立てなおしたブロックをはめ込む作業をしていると聞いた時、はっ!とした。
エラーを起こしているのに蓋をしている自分はいないだろうかと。
緑夢選手はエラーを修復しないと前に進めないが、僕らは気づかないふりをしていれば進めてしまう。
そして、誰からの強制もなく心と脳をクリーンに読み取るためにカフェインやアルコールを抜くという節制をされている。
23歳、敏感な心と身体を持ち合わせ、丁寧にこれからの経験を吸収されると更に人間的な魅力を増していくのでしょう。

プロフィール

成田緑夢(なりた・ぐりむ)
1994年2月1日生まれ
幼少の頃からスノーボード、トランポリン、ウェイクボードに取り組む。
4歳だった98年長野五輪ではスノーボードのデモンストレーターも務めた。
トランポリンでは2010年全国高校選手権において歴代最高得点で優勝。
怪我後、2013年フリースタイルスキーのハーフパイプで世界ジュニア選手権優勝。
2016年、2017年共に全国障害者スノーボード選手権大会優勝。
2016年日本パラ陸上選手権走り高跳び2位。
2017年3月 プレ平昌パラリンピック バンクドスラローム優勝。クロス3位とダブル表彰台。(平昌パラリンピックと同じコースで実施)

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