第40代OPBF東洋太平洋スーパーバンダム級王者になったスゴい人!

本日登場するスゴい人は、プロボクサーとして活躍するスゴい人!

彼はボクシングと出会い、ボクシング一筋に費やした7年間。
プロになり10戦勝ち続け、11戦目で初めての黒星がつく。
この時、色々なものが崩れ落ちたという。

順風満帆に見えても人には言えない事もある。
そして、時が経つにつれて少しずつ人は事実を知ることもある。

彼が活躍の裏で悩んできた事とは?

さあ…
プロボクサー
小國以載様の登場です!

「突き進む」

中学2年生の終わり、本屋でたまたま手に取ったのが「はじめの一歩」というボクシング漫画でした。
すぐに影響を受け、父に頼んで近くのボクシングクラブに通い始めました。
しかし、ジャブの練習ばかりなのが嫌になり、国体選手だったトレーナーに「実際に打たせて欲しい」と懇願。
やってみると、最初は軽かったグローブも重たくなり腕が上がらない。もちろん1発も当たらず、1発ボディーを打たれただけで息ができない。
「漫画に描かれている通りだ。しんどい」と思ったのですが、仲間を誘った手前辞めるに辞められず、地味な練習を重ねるうちに楽しくなり、のめり込みました。
高校時代は、朝は5時前に起きて1時間走って学校へ行き、帰宅してから毎日3時間練習という日々でした。

プロになり、順調に勝ち進みましたが、散財していないのに何故か苦しい生活が続きました。
勝ってもファイトマネーさえもらえず、貯金はどんどん減り、7年間信じてついてきたジムを信じられなくなって、勝っても負けても辞めると決めて臨んだ試合で負けました。
そのまま引退を宣言しましたが、「東京のジムで再挑戦しろ」というアドバイスを沢山の人から頂き、移籍することに。
当時は周りの人に事情を話すこともできず、「辞めるなんて不届き者だ」と言われ、努力しても報われないことがあるのだと、とめどなく涙が溢れてきました。
家に帰りたくなく、1000円だけ握りしめて夕方から深夜までカレーライス1杯で入り浸ったBARのマスターは、東京に行く餞別に10万円をくれました。金額以上に、その気持ちが本当に嬉しかったです。
マスターにお子様が生まれた時、自分の中ではお借りしているものとしていた10万円を、ご祝儀として返す事が出来ました。

東京に行く直前、ミット打ちをしてもらっていたトレーナーがいつもはすぐ帰るのに、その日だけは最後まで残ってしつこい程、世界だぞ!世界だぞ!と練習中に言っていました。
それから2日、連絡が取れないので家に行ってもらうと、自宅で亡くなっていたのです。
僕に「世界だぞ」と言った夜に亡くなったのです。

負けたからこそ見えたものが沢山ありました。
これから世界に挑戦する前に辛かったけど、人の違いの勉強が出来て良かったのかもしれません。
勝ち続けなかったらこんな風に人間関係も崩れることも無く、今でも楽しくボクシングをしていたのかな、と思うこともありましたが、今は未来に無かって突き進むだけです。

◆初防衛戦 KAMIKAZE5
VS 古橋岳也 (川崎新田)
4月30日(木) 17:45 開始
会場:後楽園ホール

◆角海老宝石ボクシングジム
http://www.kadoebi.com/

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう