幻の名器“ストラディヴァリウス「デュランティ」”を弾くスゴいヴァイオリニスト!

本日登場のスゴい人は、2歳からヴァイオリンを弾き始め12歳でプロデビューを果たした。
第46回日本音楽コンクールに最年少15歳で優勝、レウカディア賞受賞、1979年 第26回パガニーニ国際コンクールに最年少で入賞など、数々の輝かしい実績を残している。
幼い頃からヴァイオリンを弾くことが大好きで弾き続けた彼女だが、20才の時から2年間、全くヴァイオリンを弾かなかった期間があった。
それから数年間、「弾きたいのに弾けない」もどかしい日々が続いた。
そんな困難を乗り越えて出会った名器“ストラディヴァリウス「デュランティ」”
このデュランティの最初の所有者はローマ法王“クレメント14世”であった。
法皇没後、フランスの貴族の手に渡り、1921年スイスの富豪の元へ。
そして2002年スイスの富豪が手放すことになり、彼女のもとへやってきた。
当時、製作から約300年間誰にも弾かれていない楽器だった。
さあ・・・ヴァイオリニスト千住真理子様の登場です!

「運命の出会い」

私は2歳からヴァイオリンを始めて12歳でデビューしました。
周囲から「天才少女」と言われていましたが、努力で成り立っている自分とのギャップも感じていました。
中学・高校と演奏活動をしていましたが、努力の限界を感じて精神的、肉体的に疲れ果て、足を引っ張ろうとする人もいたりして、十代の私には対応しきれませんでした。
ただ、両親も二人の兄もみんなが私と同じように悲しみ、憤慨してくれたことが、私にとって唯一の慰めでした。
そして家族がいてくれたことに本当に感謝しています。
母にヴァイオリンを辞めることを相談したら、「本当にかわいそうなことをしちゃったわね。あなたが苦しむ姿を見たくてヴァイオリンをやらせたんじゃないの。これからは幸せに生きなくちゃね。」と言われ、母と二人で泣きました。
家族がもう頑張らなくていいと言ってくれて、辞めることを決めました。
でも例えるなら大好きな人と何かの理由で別れるような感覚で、離れれば離れるほど想いは膨らみました。
想いと行動のズレから体を壊した事もありました。
大学で哲学を学んでいて、たとえば“美”を考えるときにある人にとっては醜くても別の人には美であることを知り、人によって定義が違っていいのなら私にとっての音楽を見つけようと立ち上がり、再びヴァイオリンに近づいたのです。
30歳を過ぎてやっと思うように弾けるようになり、また一から勉強をし直しました。
それから10年経って自分がヴァイオリニストだと言えるようになった時に、デュランティがやってきたのです。
正直、今頃?と思いましたね。
でも、これだけの障壁を乗り越えたからこそ出会えたのだと考え直したのです。
ただ、決してお金があるわけではなかったので、最初にお話を頂いた時には無理だと答えました。
それでも、とにかく見て、聞いて、弾いてごらんと言われて、見た瞬間に気持ちが変わったのです。
私が生まれてきたのはこの子と会うためなんだと思いました。
もう、運命としか言えません。
二人の兄たちも協力してくれて大急ぎでお金を用意して何とか手元にとどめたのです。
これだけすごい楽器に出会ってしまった事が運命なので、この楽器に残りの人生を賭けて演奏をしています。
今、国内外で日本の歌を演奏しています。
これはクラシックであり、生涯弾き続けていくつもりです。
海外のヴァイオリニストが素晴らしい日本の歌を弾いてくれるようになれば嬉しいですね。

◆千住真理子Official Site
http://www.marikosenju.com/ja/

◆千住真理子 コンサートスケジュール
http://www.marikosenju.com/ja/concert/

※上記サイトは、一部携帯では見られない可能性があります。

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