イタリア大統領から日本人ソムリエ初の勲章を受章したスゴい人!

1989年、日本ではまだあまり飲まれていなかったイタリアワインの普及に奔走したスゴいソムリエが本日登場する。その普及メンバーには“アルポルト”の片岡氏、“アクアパッツア”日高氏、“アカーチェ”奥村氏、“イル・クアードロ”斎藤氏、など有名シェフが名を連ねていた。

2005年には日本で唯一、ソムリエとしてイタリア大統領からカヴァリエーレの勲章を受け、ナイトの勲位を得た。イタリアンワインソムリエ技能コンテストでの優勝や、東京マイスターを受賞し、2010年には“現代の名工”として表彰されている。

さあ・・・日本ソムリエ協会の副会長 ヴィー二・ディ・アライ オーナーソムリエ荒井基之様の登場です!

 

「人のつながりが“運を呼ぶ”」

小さい頃、体も小さく勉強もできない劣等生だったのですが、クワガタやカブトムシなどを捕まえるのは、誰より優れていました(笑)

鼻を使い、風向きを考えて、匂いを頼りにポイントを絞り、目で木々を細かくチェックして虫が捕れそうな場所を探しました。

昆虫捕りで培った経験は、今の仕事に大きく役立っています。

大学受験に失敗し、高卒で就職。サラリーマンをしながら、土日は必死でアルバイトをしました。2年間でイタリアへ留学するために必要な資金400万円を貯めました。とにかく働きましたね。

なぜイタリア料理を選んだかというと、うどん、そば、ラーメン、パスタが好きで、単純に麺好きだったからです。

イタリアンの名シェフを目指して“ローマ サバティーニ”に入社しました。

調理場が順番待ちだったので、最初はホールに配属。パニックの毎日でした。

ローマ・サバティーニは、当時の日本としては珍しくワインに精通したレストランでした。

そこで今のワインの大恩師とも言える方と出会ったことがソムリエへになるきっかけとなりました。“ソムリエ”と言う呼称を聞いたのもこの時が初めてで、この出会いと経験がコックではなくソムリエとして、イタリアへ留学することを踏み切らせました。

私は、ブラインド(商品名を見せないテイスティング)でそのワインの産地や銘柄を当てることがとにかく得意だったのですが、表現力が乏しかったのでひたすら感性を磨く努力が必要でした。

イタリア留学時代から同僚が遊びに出かけている間も、自分は休むこと無く勉強をしていました。

つい10年くらい前まで、人に誘われても飲みに行くことはなかったですね。

ありがたいことに若い頃ウエイターをしていた当時のお客さまがいまだに僕の店に通ってくださっています。本当にありがたいことだと感謝しています。

夢は、若者を育てること。今の若者は熱心に勉強する人が少ないと思う。だから、逆に勉強すればチャンスだ。そして、また自分だけ勉強できていればいいという人も多いけれど、それではよくないと思う。

上手く周りと付き合いながら、自分もステップアップしていくこと。チャレンジも大事だし、努力も大事。人のつながりが“運”を呼びます。

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