大ヒット映画にもなった“県庁の星”の漫画化をしたスゴい人!

25歳で念願であった漫画家デビューを果たしたが、売れない時期が続き、一度は漫画家を辞めたこともあった。

しかし、サラリーマンとして仕事をする中で、自分には漫画しか無いと気づいたという。

つらい時には、大好きなウルフルズのコンサートに行き「俺もがんばろう!」と自分を奮起させた。

漫画を描き続ける上で大切にしていることを披露していただきましょう。

さあ・・・漫画家、今谷鉄柱様の登場です!

 

「ピンチの後にチャンスあり」

25歳で漫画家としてデビューをして、ずっと売れない時期を経験し、そろそろ潮時かなと思うことも何度もありました。

実際に35歳の時に一度漫画家を辞めて、知り合いの社長さんの会社で働かせてもらいました。

3ヶ月程働いたのですが、自分にはサラリーマンの方のような仕事をやる能力がないと心底思いました。

そして、自分は感動したことを漫画で伝えたいと思っていることが、身に染みてわかりました。

ピンチの後にはチャンスありとでも言うのでしょうか、漫画家をもう1回やろうと決めて、今まで描いた作品の中では一番面白いと自信が持てる『スケッチシリーズ』を描きました。

これが世の中で評価されなかったら、漫画家から足を洗おうと思いました。

色々な編集部に持って行って見てもらうも、口を揃えて「面白くない」と言われました。自信があっただけにショックでした。ここでやめる覚悟を決めました。

しかし最後まで、デビューの時からお世話になっている編集者の方に見てもらうのを躊躇していました。今まで期待に応えることができず一度漫画家を辞めていたために、話を持って行きづらかったのです。

だけど、この人にダメだと言われたら本当にキレイさっぱり諦められると思って、最後の勇気を振り絞って原稿を持ち込んだところ、『これは面白い!』と言ってくれて、ビッグコミックオリジナルの増刊号に掲載されることになったのです。

この掲載をきっかけにして、映画化をされることが決まっていた“県庁の星”の漫画化の話をいただきました。

話をもらった時は、“県庁の星”のことを知らず、後で映画の主演が織田裕二さんだとわかった時に妻に興奮して話したことを今でも鮮明に覚えています。

私は人とのご縁で仕事やチャンスをいただいていると実感をしています。

ご縁をつなぐためにも、まずは自分が相手を好きになり、尊敬していること、好意を持っていることを表現するように心がけています。

今後は、いろいろな人に会って話を聞いたり、どのような表現方法をすれば読者が面白いと感じるのかを分析したりして、漫画の質を高めてもっといい作品を描いていきたいと思います。

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