【庄司 智久】イースタンリーグの四冠を獲得したスゴい人!

庄司 智久

なみいる名選手たちがその腕を競いあう、プロ野球の世界。
本日は、そんなプロ野球界において、史上唯一の「四冠王」を達成したスゴい人が登場する!
1971年、ドラフト3位で読売ジャイアンツ入団。
1977年にイースタンリーグで首位打者・本塁打王・打点王・盗塁王の四つの記録を樹立、史上唯一の「四冠王」を達成した。
現役引退後も、メジャーベースボールアカデミー講師として後進指導に積極的に取り組んでいる。
なぜ、これほどの大記録を打ちたてられたのか。

さあ…
元プロ野球選手
庄司智久様の登場です!

「運と出会いと」

兄2人の影響で、小学生のころから野球を始めました。
足の速さには恵まれたのか、4年生の時にはすでに6年生と一緒に走っていた覚えがあります。
その当時で100メートル13秒台でした。
一度は陸上競技を勧められましたが、中学校で野球を選び、高校でも夏の大会で準決勝までは進みましたが、決勝進出は果たせませんでした。
ですが、その時たまたまスカウトの方の目に留まり、読売ジャイアンツへの入団が決まりました。
いわゆるV6時代にあたる頃です。

巨人には8年間在籍しましたが、選手層の厚さは常に感じていました。
代走などでの出番は多いのですが、打席に立つチャンスがなかなか巡ってきません。
また、出たら出たで、チームメイトや大観衆から見られているというプレッシャーとも戦わなくてはなりません。
そんな中で万が一エラーでもしたら、それはもう大変なものです。
「しまった!」というショックがあり、その後のスポーツ報道での批判からくる自責の念、「また失敗するかも」と不安を感じ、もう野球などやりたくない、と思ったことも何度となくありました。
こうした失敗を挽回するのは、やはり試合の中しかありません。
エラーを恐れる気持ちはありながらも、それを表には出さず、つとめて冷静に振舞っていました。
そして、少しでも良いプレーをするために、練習を多くこなしました。
それができたのは、つまりは野球が好きだったからというのと、ずっと打ち込んできたものがあるんだ、という裏づけに基づいた自信のようなものがあったからでしょう。

プロ野球の世界は、完全に結果ありきの世界です。
そして、全国各地、時には海外からも名選手が集まってきます。
そんな中で、目に見えるような結果を出すには、実力や技量はもちろん、一種の運のよさや人との出会いなどの要素も欠かせません。
どんなチームの、どんな監督のもと、どういうチームメイトと一緒にプレーするか、それだけでも、巡ってくる運は大きく違ってきます。
もちろん、これは野球に限らず、あらゆる分野において言えることです。
人との出会いを大切に、そしてどんな小さなチャンスでも、つかんだら逃さないように、と私自身の経験から皆様に申し上げたいですね。

かつてのように、街中で子どもたちが野球で遊ぶ光景もなかなか見られなくなりました。
そういう場を回復させるための活動も、積極的におこなってまいります。

◆メジャーベースボールアカデミー 公式サイト
http://www.mb-a.jp/index.html

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