【鈴木 清八郎】現存する日本最古のボクシングジムを受け継ぐスゴい人!

鈴木 清八郎

現存する日本最古のボクシングジム
「東京拳闘会」、通称「東拳ボクシングジム」
1924年より92年続くこのジムの3代目会長を務めるスゴい人が本日登場する。

同ジムは大正13年に初代会長樽谷公一氏が東京の日暮里で立ち上げ、2代目の岩渕義夫会長が、戦後東池袋で引き継ぎ、約40年前に本日登場するスゴい人が引き継いだ。

歴史あるジムを受け継ぐスゴい人の想いとは?

さあ…
東拳ボクシングジム
会長
鈴木清八郎様の登場です!

「鶏口牛後」

ジムとの出会いは、人との出会いだった。
先代の岩渕会長と出会い、先代が認めてくれて、ジムを引き継ぐことになった。
はっきり言って昔のジムは儲からなかったから、ジムを続ける人がいないという話を聞いて、僕はまだ若くて夢だけ追ってボクシングをしていたから、先代の夢を継ごうと思った。
それを推薦してくれる人もいたから、引き継ぐ覚悟をした。
昔のジムには伝統があって、そう簡単に古いジムに入れなかった。
でも、通っているうちに推薦されて、今がある。
僕が32、3歳の時。もう40年前だよ。

僕はボクシングが好きで、選手として戦っていたけど、最終的には人を育ててみたいと思っていた。
一緒に頑張っていた兄弟分が、アマチュアで結構強かったけれど、目を悪くして選手の道を断念した。
彼がオーナーになってジムを開いて後進を育てていくと決意したので、僕も賛同した。
20代の頃から、二人でずっと、ジムを開こうと夢を語り続けていた。
彼は自分の手で、自分のジムを作ったよ。

ジムを継いで、いつもお金は無かったけど、好きでやっている事だから、経済的に苦しくてもそんなことは関係なかった。
先代から継いだ当時、良い選手もいたし0からのスタートでは無かったけど、10年もすると選手がリタイアしてしまう。
ボクサーは生活の保証もないし、長くは続けていられないんだ。
ジムをやるからにはチャンピオンを作るのが夢で、その事しか考えていなかった。
スーパーバンタム級の西條学というチャンピオンが生まれたよ。

僕の好きな言葉は、鶏口となるも牛後となるなかれ。親分になれ、という意味だ。
やり抜くためには信じること、念ずることが大切で、「絶対に親方になって選手を育てる」ことしか考えていなかったから、その道筋を行くのが当たり前だった。
ボクシングが好きだから続いているんだ。

先代が亡くなる前に「鈴木、絶対にジムの火を消しちゃだめだよ」と言われた。
心臓を掴まれたような気持ちがしたね。
だから大変でも、辞めたいと思ったことは無い。逃げる事なんてできない。
きっと僕も、次の代の人に同じようなことを言うんじゃないかな。
続いている事で日本最古を誇れるから、僕の体は無くなっても、東拳ボクシングジムが残れば良いと思っている。
せっかく先代が残してくれたから、僕も次の代に引き継いで残したい。

人生、やり残したらダメ。
好きなことをして、満足しないと。
「あの時やっておけば」では遅いんだ。

◆東拳ボクシングジム
http://token-boxing.com

◆東拳ボクシングジムFacebookページ
https://www.facebook.com/tokenboxinggym

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