【大林 素子】セリエAバレーボール日本人初プロ選手として活躍したスゴい人!

大林 素子

本日登場するスゴい人は、元プロバレーボール選手であり、現在はスポーツキャスター、女優、タレントとしてマルチに活躍するスゴい人!
彼女はバレーボール日本代表として88年ソウル五輪、92年バルセロナ五輪、96年アトランタ五輪の三大会に出場し、エースアタッカーとして活躍。
また、95年からはイタリアプロバレーボールのトップリーグであるセリエA・アンコーナに所属し、日本人初のプロ選手として活躍した。
97年に現役を引退してからは、スポーツキャスターのみならず、女優として舞台やドラマに出演し、バラエティ番組にも出演するなど広く活躍を続けている。

さあ
女優・スポーツキャスター
大林素子さまの登場です!

「自信は努力から」

幼い頃の将来の夢は、アイドルになることでした。
でも、幼稚園の頃から背が高くて、それを理由にいじめられ、同級生から「でかいからアイドルになんかなれない」と言われたこともありました。
悩んでふさぎ込んで、小学生時代には自殺を考えたこともありました。

そんな中、小学4年生の時に「アタックNo.1」をテレビで見て、バレーボールなら身長を活かせる、バレー以外に私の生きる道は無いと感じました。
運動は好きでは無かったけれど、生きるために他に選択肢が無かったのです。

オリンピックメダルを取ればいじめっ子を見返せると思い、中学1年生で入部した時には既にオリンピックを目指していました。
しかし、入部から半年ほどは練習を休みがちでした。今思えば甘かったのです。
秋の新人戦で久しぶりに部活に行くと、同級生は驚くほど上達していて、私一人が弱く、私のせいで試合に負けてしまったのです。
監督から「お前は練習していないから反省する資格は無い」と言われて、それ以来「明日で良い」から「今日だけ頑張って明日休もう」に考え方を変えました
「明日で良い」と思うと努力を先延ばしにすることになりますが、「今日だけ頑張ろう」と思うと休みが先送りになり、それからずっと休むことはありませんでした。

現役時代最もつらかったのは、膝の半月板損傷、右足首の靭帯断裂という大怪我をしてW杯のコートに立てなかった事でした。
元に戻らなかったらもう競技を辞めなければならないのかと、リハビリをしながらひどく落ち込みました。
ただ、その時初めてベンチから試合を見て、自分を見つめなおす良い機会になりましたし、「必ずあの場所に戻る」という想いが強くなりました。
幸い元通りにプレーをできるまで回復し、けがをした後で強くなることができ、今ではいい経験だったと思っています。

選手時代は100%コートで戦うために生きていて、24時間バレーの事だけを考えていました。
引退して芸能界に入ってからは、100%芸能のために生きています。
芸能界に入って20年目ですが、まだまだ目標は達成していません。
これからも色々なものを身に付け、引き出しを増やして、目標に向かっていきます。

私はいじめられていましたが、コンプレックスを反転させて武器にすることができました。
全てのコンプレックスが武器になるわけではありませんが、無理やりにでも強みを作り、武器にするために努力することが、状況を変える一歩になると思います。

◆Official Blogモトコレ!
http://ameblo.jp/motoko-oobayashi/

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