【渡辺 正行】約30年間、若手芸人の為にステージを提供し続けているスゴい人!

渡辺 正行

本日登場するスゴい人は、コントグループ「コント赤信号」のリーダーとして人気を博し、現在はタレント、司会者、俳優として活躍を続けるスゴい人。

彼は自身の活躍のみならず、若手お笑い芸人がネタを披露出来る舞台を用意している。
1986年からスタートし、既に開始から30年近くになる。(2015年時点)
彼の行うライブは所属事務所の枠を取り払ったお笑いライブで、過去にはウッチャンナンチャン、ダチョウ倶楽部、爆笑問題、くりぃむしちゅーなど現在大活躍している多数の芸人も登場。
「M-1グランプリ」では2005、2006、2008、2009、2010年の計5回決勝戦で審査員を務め、彼が最終決戦で投票したコンビは全て優勝している。

さあ…
コント赤信号
リーダー
渡辺正行様の登場です!

「後輩へ」

大学入学後、落語研究会に入部。
先輩の立川志の輔さんの落語を聞いたときに、物凄く面白くて衝撃を受け、「今の自分には出来ないけど練習して上手くなろう」と思いました。

その後、後にコント赤信号を組む小宮くんから芝居を見に行こうと誘われ、芝居やドラマの世界を知り、自分にも出来るんじゃないかと劇団に入りました。
当時は世の中のことを何も知らなかったので、とにかく本を読んで知識を蓄えました。
大学2年で落研をしながら劇団の養成所に通い始め、知れば知るほど芝居の難しさを痛感しました。
大学卒業後は芝居に打ち込もうと決め、就職せずに研究生になり、昼間はアルバイトをし、夜はレッスンに稼いだお金をほとんどつぎ込みました。
1日に使えるお金は交通費を合わせて500円。
バイトがない日は一切食べない生活で、仲間が売れていく中、貧乏で将来も見えず、不安で仕方がありませんでした。
これだけ頑張っているから絶対に俺は売れるんだ、と自分に言い聞かせることだけで耐えていました。

初めてコントを見た時、これは芝居を集約したもので劇場を借りなくても出来ると思い、3人でグループを組んだのがコント赤信号の始まり。
ネタを作り、全国のお祭りや文化祭に電話して出演させてもらい、お客様の反応も良かったんです。
その後、お笑い関係の人から声を掛けられ、ストリップ劇場で1日15分の4ステージ365日休みのない営業がスタート。しかし、最初は全くウケませんでした。
杉兵助先生から「一斗缶で頭を殴るんだ」とアドバイスを頂き、やってみると大ウケしたのです。
ただ、1年半もやっているとだれてしまい、解散も話題に上がるように。
漫才ブームが到来し、ゆーとぴあさんの単独リサイタルに誘われ、ココで1つネタを作って終わりにしようと参加し、毎週の稽古を通じた勉強会の中で出来上がったのが暴走族ネタでした。
この勉強会でコントへの考え方が変わるほど、価値のある時間でした。

30歳の頃、後輩がコントを教えてほしいとやってきました。
自分達がネタ披露をしていた空間があったので場を用意するからやってみなさいと言ったのが、ラ・ママライブのスタート。
僕が先輩から頂いた事を少しでも後輩芸人に返せればと思って続けているライブです。
僕はもう駄目だという底辺を見て来ました。
底辺を見ていたから頑張れるんです。
だから人生、時にはしっかり落ち込むことも大切なんじゃないかな。
後は上がっていくしか無いんだしね。

◆リーダーの 待たせたなぁ ブログ
http://ameblo.jp/watanabemasayuki/

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