【島口 哲朗】映画「KILL BILL vol.1」で殺陣指導・出演をしたソード・アーティストのスゴい人!

島口 哲朗

本日登場のスゴい人は、大学時代に入部した殺陣同志会で初めて「剣」に出会い、殺陣の道へ。

彼は日本映画や演劇の華である「殺陣」を、その伝統的な文化と技術を活かしながら現代の新たな舞台芸術へと昇華させ、「剱伎衆かむゐ」を1998年に設立。
英語もわからない中でアメリカに渡り、路上パフォーマンスを続け、2003年、映画「KILL BILL vol.1」で殺陣指導と出演を果たした。
その後もアメリカ国内での4都市公演ツアーや、ヨーロッパ最大の日本文化フェスティバル「ジャパン・エキスポ」へのゲスト出演をはじめ、毎年のヨーロッパツアー公演やオリジナルサムライ道場「剱伎道」を展開するなど、国内のみならず海外でも高い評価を受け、サムライ・ソード・アーティストとして現在も世界各国で活動を続けている。

さあ…
剱伎衆かむゐ
代表
島口哲朗様の登場です!

「剱伎」

子供の頃から時代劇や殺陣を見ることは好きでしたが、まだ剣を振ることは無く、ごく普通の野球少年でした。
野球は高校生まで続けていましたが、どこか不完全燃焼で、「これは自分の道では無い」と思うようになっていました。

その後、映画の脚本家を目指して日本大学芸術学部に入学。
大学で入部した殺陣同志会で初めて「剣」に出会いました。
野球をやっていたので、殺陣や日本舞踊などもできるだろうと甘く見ていましたが、実際にやってみると野球よりもはるかにハードでした。
辛い練習が続き、同時期に入った部員35人中、卒業まで残っていたのは私だけという厳しさでしたが、殺陣の魅力に引き込まれて修練しました。

大学卒業後、先輩から歌舞伎出演を紹介して頂き、歌舞伎座や新橋演舞場の舞台に出演。
そのまま歌舞伎の道へ、とのお話も頂きましたが、殺陣を追求し創作したいと思い、歌舞伎から離れて再び殺陣の世界へ。
時代劇の斬られ役などは回ってきましたが、自分が追求したい立ち回りは時代劇の殺陣だけではなく、伝統的な文化と技術を活かして現代の新たな舞台芸術にしたいという想いで、1998年に「剱伎衆かむゐ」を設立しました。

設立後、「SAMURAIとして、アーティストとしても文化的にも世界と繋がる」をキーワードにアメリカに渡りました。
英語もわからない中で路上パフォーマンスを行い、何度か警察のお世話になることもありました。
しかし、そのときのパフォーマンスがきっかけで、クエンティン・タランティーノ監督から声をかけて頂き、映画「KILL BILL vol.1」で殺陣指導と出演をすることになりました。

アメリカにいたときは、一人でいる時間はひたすら無心で剣を振っていました。
その頃の経験が今の自分に繋がっていると思います。
映画出演が終わり日本に戻ってきてからも、まだしばらくは苦しい生活が続きました。
しかし妥協せず、人が決めた価値ではなく自分にとって価値や意義のあるものをやりたいと思い、「剱伎衆かむゐ」をただひたすら続けてきました。
その結果、国内外で公演やワークショップなどをおこなえるようになり、「サムライ・ソード・アーティスト」として、国内だけでなくヨーロッパやアジアなど海外でも活動の幅を広げています。

現在は「剱」(剣術)と「伎」(伎芸)を融合した「剱伎道」というオリジナルメソッドを考案し、道場を展開しています。
アーティスト「剱伎衆かむゐ」としての表現活動と、「剱伎道」のサムライ道場を通じて、世界の多くの方に日本文化を発信し、後進に伝承していきたいと考えています。

◆剱伎衆かむゐオフィシャルサイト
http://www.k-kamui.jp/

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