【新田 明臣】キックボクシングで世界王座を2度獲得したスゴい人!

新田 明臣

本日登場するスゴイ人は、恵比寿でモデルやタレント、多くの著名人の通うキックボクシングジム『バンゲリングベイ』を主宰する元キックボクサーのスゴい人。

2000年5月、イタリア・ミラノで行われたWKAムエタイ世界スーパーウェルター級王座決定戦で初の世界王座を獲得。
2007年1月には、「ベニー“THE JET”ユキーデ・プロデュース 武頼漢 ‐BURAIKAN- J・BOY!」のUKF世界ミドル級王座決定戦で2代目王者となった。

子供の頃の精神的な弱さから格闘技の世界に憧れ、キックボクシングの世界へ。
プロデビュー後3連勝しながらも、ファイティングスタイルと自身の精神の弱さに悩み、怪我や過食症も重なって1年半もの間戦うことができなくなるという挫折を経験。

そんな彼が再びキックボクシングの世界へ復活し、大活躍をできた秘訣とは?

さあ…
元キックボクサー
新田明臣様の登場です!

「その時の自分に最も必要なことしか起こらない」

小さい頃から体が大きくヤンチャでしたが、実際は凄く精神的に弱いと自分で感じていました。
「体が強くなればもっと積極的な人間になれる」と思い、その頃から格闘技に強い憧れを持っていました。
しかし、なかなか自分から格闘技の世界に入ることが出来ず、友人が入門したことをきっかけに、高校生のときに初めてテコンドーを習い始め、その後空手道場に入門。
高校卒業後にキックボクシングの世界に入りました。

練習を重ねてプロデビュー後に3連勝したのですが、タイ人のコーチが教えるファイティングスタイルと、自分が考えているスタイルがあまりに違っていて悩みました。
でも優柔不断で弱い自分は、そんな悩みをコーチに言うことが出来なかったんです。

その後、怪我や過食症の影響もあり、一年半ジムにも行かず新聞配達だけをやって病んでいた時期がありました。
20、21歳の頃です。
このまま終わってしまうのか…と大きな挫折を味わった時期でもあります。

そんな時、応援してくれたのが兄でした。
当時フリーターだった兄に、ミット打ちを手伝ってもらう形で日々の練習を再開。
二人でキックボクシング雑誌を読みながら「こんな人と対戦したいね」などと夢を語っていました。
しばらくしてジムに復活。
色々な方の助けや、ファンの方々の応援のおかげで、キックボクシングの世界で再び成績を残すことが出来ました。
あのとき兄と一緒に読んでいた雑誌に載っていた選手とは、ほとんど対戦することが出来ました。
当時の夢が叶ったのです。
自分が復活できたのは、兄の助けがあったからだと今でも感謝しています。

K-1などたくさんの試合に出ました。
K-1に出場していた頃は「前に出る」スタイルでしたが、現在はムエタイ選手のようにバランスを重視したスタイルが良いと思えるようになりました。

失敗経験が多いと落ち込んでしまいますが、失敗も含めて経験が大切だと思います。
試合も経験することで、見え方や考え方が変わってきます。
最初リングに立ったときは目の前の相手しか見えなかったのが、何度も試合をするうちに、自分が勝った時の喜びよりも、対戦相手の応援団が悲しんでいる姿に気がいく様にもなりました。

人は「勝ち」か「負け」かにこだわり続けますが、本当は負けたと思うことや失敗経験があってこそ、次の前向きな想像や努力に繋げていくことが出来るのだと思います。

良いことや悪いと感じること、すべての経験が大切で、見方を裏返すとピンチと感じる時こそが、自分の人生の可能性の幅を拡げていくチャンスに変わっていくのだと思います。

◆新田明臣オフィシャルブログ
http://ameblo.jp/nitta-akeomi/

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