【ぶっちゃあ】今テレビで活躍するお笑い第4世代を育てたスゴい人!

ぶっちゃあ

本日のスゴい人は、お笑い芸人であり多数の人気芸人を育て上げた人物だが、もともとは役者を志していた。
京都で時代劇の俳優をしていた時にある有名スターに誘われ、役者として活動するために上京。
しかしチャンスを掴めずにいた。
ある時、昼休みの食堂でテレビのお笑いオーディション番組を見て「これだったら俺たちの方が面白い」と京都から東京へ一緒に来た相方とコンビを組み、すぐに応募し、トントン拍子にチャンピオンに。
それが当時人気絶頂の「笑っている場合ですよ」で、そのまんま東や山田邦子、後のダウンタウンらを輩出した「お笑い君こそスターだ!」だった。
さあ・・・お笑い芸人ブッチャーブラザーズ ぶっちゃあ様の登場です!

「IQより愛嬌」

実は、東京に誘ってくれた有名スターというのは、現千葉県知事の森田健作さんだった。
「お笑い君こそスターだ!」でチャンピオンになった時、各事務所からオファーをもらう仕組みで5社から手が挙がった。
その中で結局、付き人時代もお世話になっていた森田さんのいるサンミュージックを選んだ。

続けて「ザ・テレビ演芸」でもグランドチャンピオンになり、世間にも顔が売れ始め、「今から」というタイミングだった。
しかし、当時は同じ事務所の松田聖子さんがすごい人気になり、事務所としてもお笑い芸人をケア出来る状態ではなかったので、事務所がお笑いから撤退することになり、人力舎に移籍することになった。
芸人としては「流れをつかみ損ねた」
既に時代は、ウッチャンナンチャンやダウンタウンなど、次の世代へ受け渡されようとしていた時期だった。
移籍先の当時の社長さんは変わった人で、在籍10年以上経った時もオアシズなどを育てた実績を見て「まだお前たちを食わさなきゃいかん。学校作るから若手にお笑いを教えろ」と言ってお笑いの学校を作った。
それが今のスクールJCA。
第1期生から6期生までの面倒をみた。
師匠がいない世代で育ったから、普段から出来るだけ若手芸人にはアドバイスをしていた。
でも、実際にスクールとして運営するのは本当に手探りだった。生徒にはアンジャッシュ、ダンディ坂野、アンタッチャブル、ドランクドラゴン、北陽、東京03などがいた。
芸人を目指す若者をたくさん見てきたけど、売れるためには、やっぱり「続ける」ということが大事だと思う。
お笑いって辞めるための「言い訳」が簡単に出来るので、「やっぱりお笑いが好き」と信念を持って続けられないとダメ。
もう1つは「愛嬌」
どれだけ頭が良くても、可愛げが無ければ誰も助けてくれない。
自分たちもそうだったけれど、本当に困ったときにずいぶん多くの人に助けられた。
やはり、人に誠意を持って接したり、相手を思いやる気持ちが無いとダメだと思う。
人はひとりでは生きていけないから。

◆ぶっちゃあオフィシャルブログ「オヤジのし・あ・わ・せ」
http://ameblo.jp/butcher1125/

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