【尾崎 憲一】日本で初めて個人向けプロバイダサービスを全国に広めたスゴい人!

尾崎 憲一

日本初、個人向けプロバイダ。
日本初、ネット上のフリーマーケットサービス。
日本初、コンサートのネット生中継。
日本初、カメラでリアル動画配信。
これらは全て、本日のスゴい人がたった1人で成し遂げたこと。
“ベッコアメ・インターネット”
早い段階からインターネットをやっている人は聞いたことのある会社名じゃないだろうか。
企業向けのネット回線会社が数社しか無かった時代、年間3万円という圧倒的な安さで個人にインターネットを提供した会社。
すべてのモチベーションは、“社会へのムカツキ”だという。
さあ・・・ダンボネット・システムズ株式会社 代表取締役 尾崎憲一様の登場です!

「オタクになれ!」

昔から、意味が分からなかったり疑問を持ったりすると放って置けない性格だった。
遠くに見える看板とかも、近づいて読み上げて内容を知らないと納得できない。
中学校の時、インベーダーゲームが流行したけれど、お小遣いが月にたった500円だった僕は、ゲームを5回したら終わりという虚しさからゲームセンターの隣の本屋に通っていた。
そこで画期的な出会いがあった。
マイコンと言われる、今で言うパソコンの本。
その本に引きこまれた。
意味が分からない数値がずらーっと並んでいたが、これらを全て打ち込むとゲームが出来るという。
これを試してみたくなった。
隣町のスーパーにマイコンがあることを知り、ほぼ毎日、学校が終わると友達を連れて自転車で向かった。
友達がデータを読み上げる係。そして、僕が入力。
蛍の光のBGMが鳴ると電気が消えて、データが無くならないようにコピーして帰るという日々でした。
ソフトを作ったり接客をしたりしていたら、店員さんたちは、中学生の僕らの行為を許してくれました。
ある日、“音響カプラ”という通信の音をデータに変換するデータ通信機材の存在を知り、夏休み、必死にバイトして198,000円を貯めて手に入れ、友達にも頼み込み、友達の家のマイコンと僕の家のマイコンを黒電話で結び、“0-”と入力しました。
自転車に飛び乗り、友達の家に着いて、マイコンの画面に僕の入力した文字が表示されていた時、涙が出るほどうれしかったこと、今でも覚えています。
日本初のインターネットの展示会に行った時も、日本初のインターネットマガジンに出会い、その日のうちに、広告を出せないか?と電話しました。
当時、大手企業にしかインターネットの回線がないことが悔しかったんですよね。
雑誌会社を口説き落として、ノウハウも設備も全くないのにプロバイダを始めました!という広告を出したのです。
お小遣いの5万円で。笑
今となっては、この雑誌社の方々に本当に感謝していますが、これが、日本初の個人向けプロバイダサービスの始まった瞬間ですね。
どんなに頭がよく学歴がある人も、“パソコンに名前をつけちゃうオタク”には誰もかないませんよ。
だって、好きすぎて、彼らからしたら努力じゃなく、熱狂なんですよ。
好きなことに、熱狂しましょうよ!
私は、今はカジノのシステム開発に熱狂しています。
どこまでも突き進みます。

◆ダンボネット・システムズ株式会社
http://www.dumbonet.co.jp
※一部携帯では見られない可能性があります。

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