【齊藤 富士男】50年以上も愛され続ける、あの“歌舞伎揚”を日本から世界の市場へ売り込むスゴい人!

齊藤 富士男

日本の定番お菓子“歌舞伎揚”
お米から造られるおせんべい/米菓である。
株式会社天乃屋は昭和28年に甘納豆の卸として創立され、その後甘納豆の製造からおせんべい/米菓の製造を行うようになった。
“歌舞伎揚”という印象的なネーミングと歌舞伎の緞帳のパッケージデザインで人気を集め、1960年の発売から今もなお老若男女に愛され続ける商品に育てあげた。
更に現在は、アメリカやヨーロッパ、アジアの国々へも積極的に輸出を行っている。
本日登場のスゴい人は、同社を受け継ぎ長年にわたって海外販路を開拓してきた人物だ。
彼の考える組織と個人のあり方とは?
さあ・・・株式会社天乃屋 取締役会長 齊藤富士男様の登場です!

「個を活かし合う」

当時の社会的環境が家業から企業に伸展する中で、私は大学卒業後は会社に入ることが宿命づけられていました。
大学3年生からは「週に3日は会社で働きなさい」と言われ、学生時代から担当の顧客をもって営業をしていました。
卒業と同時に天乃屋に入社し、私が行ったのは先ず国内市場での顧客の開拓。
そして海外への販路の創出でした。
三十数年間、一人で海外を訪れ、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの国々のその地域、国に合わせた米菓/菓子の商品で、市場を開拓してきました。
最初はアメリカからスタートしましたが、西海岸には日系移民が多く日系の社会もあります。
海外と言っても日本人の味覚の地域ですから、進出するのはそれほど難しくありませんでした。
仕事をする上で大切なのは、最終目的をどこに設定するか、だと私は思います。
輸出において私は、夫々の国のネイティブに受け入れられることを最終目標にしました。
そのためには、その国の食と文化、宗教などを考え、どういったものが受け入れられるのかを知ることが大切です。
私はアメリカでナチュラルフードを扱うスーパーマーケットが人気なのを知り、「ナチュラル」「ヘルシー」というキーワードに照準を合わせ、ネイティブ(中産階級以上)の市場に販路を広げることができたのです。
私は、入社当初から社長になることなど全く考えていませんでした。
20代後半から常務という役職には就いていたものの、ずっと現場で汗をかきながら動いてきました。
市井の人達の目線、視座、そして消費者との係わり合いの中で、地域や国を超え、生産・販売を目指してきました。
とにかく会社の発展と存続が自分の役目であり、第一優先でしたので、自分が何をしたい、何の役に就きたいと我を出すことはありませんでしたね。
国や社会は、人が複数いなければ成り立ちません。
だから、人との係わり合いが一番大切なんです。
会社は、社会の中でも一番小さな組織単位。
オールマイティに何でもできる人などいないので、個人はそれぞれスキルアップをして、トップマネージメントはスタッフ全体でその潜在的な力を集約するモチベーションアップをさせる。
組織としてより大きな力を発揮できるように、自分がやるべきことをする会社に向かうことが大切なのだと思いますね。
ですが、それは個を殺すことではありません。
最近では役割分担という考えのもと、個を殺して自分の役割を演じている人を目にしますが、そういう人は、自分の体や家族のことを考えた方がいいと思いますね。
何故なら社会の最小単位が家族であり、その家族を何よりも大切にする。
強いてはその力、パワーを会社に集約することが、企業にとって理想と考えているからです。
自分の身の丈を知ったうえで、トレンドや周囲に流されることなく、他社、他者と相違しても自分が良いと思っていることを貫き通すこと。
そうしてこれからもスタイリッシュに生きていきたいと思っています。

◆株式会社天乃屋
http://www.e-amanoya.co.jp/
※一部携帯では見られない可能性があります。

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