【尾崎 宗春】農林水産大臣賞を受賞した“尾崎牛”を飼育し続けるスゴい人!

尾崎 宗春

自分自身が食べ物の中で一番好きで世界一美味しいと思うものは、牛肉。
その牛肉の業界内で一番になれば、世界一の男になれる!
牛飼いを始める18歳の時、そう意気込んで始めた。
食肉産業を勉強しにアメリカへ渡った時に、肉骨粉や成長ホルモンまでもを使って肥育させている現状を目の当たりにした。
自分も家族も美味しく食べられる安全な牛肉を作りたい。
コストを抑え、しかも栄養価の高いオリジナルの飼料を開発し、なるべくストレスを与えないような肥育方法を創り上げた。
国の基準とは違うから宮崎牛とは名乗らず、自分たちのブランド牛として加工し、自分たちで売る。
グッチやシャネルのようにブランドを創り上げた自分の名前を取って、「尾崎牛」という名前を付けた。
夢は世界制覇だと彼は語る。
一体どのようにしてブランド牛は誕生したのだろうか?
さあ・・・株式会社牛肉商尾崎 商主 尾崎宗春様の登場です!

「自分の周りの人間をお肉で笑顔にする」

実は牛飼いじゃなく、公務員になりたかったんです。
父親が牛飼いということもあり、子供のときから仕事を手伝わされるのが本当は嫌で嫌で仕方がありませんでした。
そんなこともあり、高校進学は大阪へ。
でもその大阪で、くたびれて生気のないサラリーマンを観ていたら、一生懸命仕事して日に焼けて真っ黒な親父の顔の方がかっこよく見えました。
どうせやるなら、世界一を目指そう。
そうであれば、まずライバルとなる敵の真の姿を知らなければならないと感じ、世界一の牛肉市場であり、輸出国であるアメリカに修行に行こうと思いたち、渡米。
2年間、向こうの牧場がどんな牛を作っているのか勉強しましたが、とても安全とは言えず、あらゆる面でも日本は勝てると確信して帰ってきました。
だから日本の牛、和牛で世界市場に勝負しようと決めたのです。
日本に帰ってからしばらく、実は「二足のわらじ」でした。
昼間は牧場の仕事、夜はテニスのインストラクターをしていました。
そんな中、27歳の時に農作業中の事故で片足を失ってしまいました。
当時、牧場の仕事もテニスの仕事もそれぞれに一生懸命に取り組んでいたものの、今思えば、中途半端だったのかもしれません。
そこからは牛に集中することが出来ました。
また、義足になり早く歩けなくなったことで、牛もゆっくりと歩きながら見てやることができ、より丁寧に接することが出来ました。
飼料を見直し、努力した結果、平成9年に農林水産大臣賞を受賞。
確かに「片足を失う」という不幸な出来事ではありましたが、「神様が牛飼いに一番適した身体にしてくれたんだ!」と割り切れるようになりました。
もしそうでなければ、テニスを諦めきれずに「尾崎牛」というブランドを創ることが出来たか全く分かりません。
生きていると色んなことが起きます。
時には「マイナスのスパイラル」に陥ることもある。
片足を失った時などはまさにその状態です。
でもその時に、「これで良かったんだ」と思った瞬間に「プラスのスパイラル」に入っていくことを実感することが出来ました。
自分自身の気持ちや受け取り方で全てが決まってしまう。
「マイナスな出来事でも、良い方向に進める」と気づかせてもらったのだと思うことが出来たら、成功に近づくことが出来ますね。
今後も皆さんが安心して美味しく食べることが出来る牛肉を作り続けます。

◆尾崎牛公式サイト
http://www.ozaki-beef.com/
※一部携帯では見られない可能性があります。

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