【福島 康子】“ジェットスキーレース”で日本一を手にし、世界2位まで上り詰めたスゴい人!

福島 康子

水上を猛スピードで走り、激しい衝突も時にはある“ジェットスキーレース”というスポーツがある。
転倒すれば大事故にも繋がりかねない水上におけるもっとも激しい競技の一つであるが、本日登場のスゴい人は、その分野の日本一を経験したスゴい人。
一見、体育会系の見た目を想像するが、とても小柄な女性。
彼女は目標を達成するための行動に“徹底的”にこだわるが、それでいて、他人に対してはやわらかな態度で接する。
そんな彼女の本当の“強さ”はどこからくるのであろうか。
さあ・・・元ジェットスキー日本一 ハーバライフ インターナショナルディストリビューター 福島康子様の登場です!

「信念は現実を決定する」

幼い頃から、仕事熱心な父と、ことあるごとに私を褒めてくれる母のもとで育った。
一通りのスポーツは挑戦していたが、何かで1番をとったことがなかった。
自分は体も小さいし、飛び抜けて運動神経があるわけでもなかった。
あるとき、『Do!スポーツ』というテレビ番組で、ジェットスキーレースというスポーツを知った。
水上を物凄いスピードで走りコンマ一秒を争う激しい競技であった。
その中でも特に印象に残ったのは、日本チャンピオンになった姉弟のことだった。
彼らは自分と同じような環境で育ち、体格も似ていました。
そして何よりも輝いていた。
ジェットスキーは、体格だけで勝負が決まるわけでは無く、勝つためには他にも重要な要素があるスポーツなのだと感じた。
そこから「自分も挑戦してみたい!」と一気に火がついた。
私には、これしかないと思った。
当時、24歳。
このジェットスキーレースの分野で日本一になろうと決めた。
それからはすぐに、日本で最もこの分野に力を入れているチームの門をたたいた。
居住地も、チームの練習場所に近い千葉に移り住んだ。
仕事も、体を鍛えるべくエアロビクスの講師を選んだ。
行動の全てを、ジェットスキーレースの日本一を手にするためにシフトした。
真冬も、江戸川や海で練習するなど、突っ走った毎日であった。
どんなに練習がつらくても、チェッカーフラッグをきる魅力が全てを忘れさせていった。
そして、ついには全日本大会で優勝し、1996年IJSBAエキスパートウィミン世界大会でも2位になることができた。
32歳になり、業界には10代のプロライダーも増えていくなかで、引き際が肝心と引退を決めた。
現在は、国際企業ハーバライフインターナショナルのディストリビューターとして、日本のマーケットで医療費削減のために取り組んでいる。
常に心掛けていることは、支えてくださっているすべての皆さんに感謝の気持ちを忘れないこと、自分に縁ある方々のありがとうを追求していくこと、そして、自然体で自分らしく輝き続けること。
これからも、次のステージを目指して挑戦し続けていきたい。

◆一般財団法人日本プロスピーカー協会
講師のページ-福島康子-
http://www.jpsa.net/speaker/526/

※上記サイトは、一部携帯では見られない可能性があります。

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