【福田 敏也】日本のデジタル広告を牽引するスゴい人!

福田 敏也

本日登場のスゴい人は、インターネットが普及し始めた時代からインターネット広告のクリエイティブに携わり、日本の広告賞にデジタル広告の部門が無い頃から海外の数々の広告賞で金賞などを受賞してきた。
その後は、
Cannes 2000&2002 サイバー部門審査員
NY OneShow Interactive 2002&2004 審査員
Tokyo Interactive Ad Awards 2009&2010 審査員長
など、数々の広告賞で審査員を務めるなどまさに日本のデジタル広告を牽引する存在だ。
彼が今日に至るまでには、若い頃に多忙な日々と重要な出会いがあったと言う。
彼の人生に影響を与えた日々と出会いとは?
さあ・・・株式会社トリプルセブン・インタラクティブ代表取締役 福田敏也様の登場です!

「考え方を考える」

大学生時代、大学内で行われる演劇や音楽イベントのポスター制作を頻繁にしていました。
どんな人に対して、どんな風に見せたいのかなどをヒアリングし、その情報を咀嚼(そしゃく)して作ったポスターを見て驚いてくれる事に、喜びを感じていましたね。
誰かが何かを伝えたいときに自分が役立つ、ということに喜びを感じることを自覚し、広告業界を目指すようになりました。
博報堂に入社後の20代後半から30代前半は体力的、精神的につらかったですね。
景気が良い時代でもあったので、本当に忙しく、寝ずに働き続けました。
その上、忙しいけれど成果も出さなければいけない。
ただ、今思えば、若い時期は自分の考え方のイメージが定まっていないから、色々な悩みを抱えつつ試行錯誤を繰り返しながら自分に課された課題を一つ一つクリアしていく時間も、必要ではあったのかもしれません。
色々なプロジェクトに参加して、企画書を書くのが上手い方、コピーを書くのが上手い方、
映像を作るのが上手い方など、それぞれの分野に長けたすごい大人の方たちに鍛え、育てられました。
この方々に出会ったことが、その後の自分に大きな影響を与えてくれたので、とても感謝しています。
でも、誰が見ても体を壊すだろうという生活。
30代前半でついに体を壊し、一休みせざるを得なくなりました。
そこで、本当に自分がやりたい事を考えた結果、40歳を過ぎて博報堂を退職しました。
大きい会社にしかできない事も勿論ありますが、独立してからは自分に直接依頼が入ってくるので、意志を持って決められる。
物理的に忙しいのは変わらないけれど、どんなに小さな仕事でも価値があると思えば引き受けるし、どんなに大きな仕事でも自分にとって価値が無ければ引き受けない。
今までにやった事が無いような仕事でも、自分にとって経験になる、
あるいは経験が生かされると思えば、進んで引き受ける。
自分で決める事ができるので、精神的には楽になりましたね。
考えることを仕事にするうえで大切なのは、「ひらめき」を日常的に起こす技術を身につけること。
いいアイデアは、理由無くはやってきません。
自分の脳みそのクセと常に向き合いながら、技術としてのプランニングを意識することが大切なのです。
偶然に頼っていてはプロではないですからね。
今後は、自分が20代、30代の頃に鍛えてもらった恩を世の中に返すため、ひきつづきいい仕事を目指すだけでなく、今の20代後半から30代前半の世代に技術を伝える“いいじいさん”になっていきたいですね。

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