【鈴木 ヤスシ】コメディスタイルの司会を日本に定着させた芸暦60年のスゴい人!

鈴木 ヤスシ

中学生でプロの劇団に入団し、16歳の時に役者デビュー。
高校入学後に渥美清氏の付き人をしながらタレント修行を積んだ。
役者のみならず、これまでに歌手・声優・司会者として幅広く、多数の作品に出演してきた。
抜群の行動力と情熱で学び、芸能界で成功を掴んだ秘訣とは?
さあ・・・鈴木ヤスシ様の登場です!

「前へ前へ、後ろを振り返るな。」

中学1年生の時に父が亡くなって、母が女手一つで僕達兄弟を育ててくれました。
おふくろがよく言っていた言葉が
「いつまでも有ると思うな親と金」
あと「金は災いのもと」。
家に日本刀があって、「あなたが悪いことをしたら、お前を殺してお母さんも死ぬから」って。
会津の女性だから強いんですよ。
中学で劇団に入って、高校生の時に憧れの渥美清さんの一番弟子になりました。
最初は「自分は師匠もいないし、弟子も取らない」と断られたけど強引にお願いして、お茶汲みから始まってカバン持ちを2年くらいしました。
大学に入ってロカビリーのバンドを作って演奏していたら、ジャズ喫茶でダンスパーティーの司会を頼まれました。
その時に師匠に相談したら、「人間は人生で三回必ず飛躍するチャンスがある。
おまえはそれが来たんだから、俺の所から離れて、歌も司会も何でもやってチャンスを掴め」と言われました。
司会をしながら、面白くするためにコントみたいなことをしたり、師匠がテレビに出ていた時の台本を全て読み込んで勉強しました。
好きだったんだね。
好きこそもののなんとかって言うけど、絶えず人より遅れていると思って頑張ったので、努力なんかじゃない。普通なんだよ。
当たり前の事を当たり前にやっていれば、運はやってくるんだ。
ジャズ喫茶で司会をしていた時にフジテレビのプロデューサーがたまたま来ていて、面白いってスカウトされたんだ。
テレビの生放送で緊張して、マイクを横に倒して、おどけてみました。
そうしたら、後で玉置宏さんにこう言われたの。
「あなたから、司会のパターンがガラッと変わった。それまでの堅い司会から、ドタバタしたコメディのような司会に変わった。」
ってね。
でもそれは、ジャズ喫茶では前からやっていたんだよ。
工夫はしたけど、努力とかじゃない。普通なんだよ。
すごい事なんてしていないけど、普通のことをきちんとする人が少ないから、段々ファンもつくようになりました。
デビューしてから順調だったけれども、スランプみたいなのもそりゃあるんですよね。
でも僕は、それをスランプとして取らないんだよ。
後ろを振り返らないから。
何か目標を立てた時には、とにかく前へ前へっていけばいいんです。
悪いことは肝に銘じて、良いことは振り返らないようにする。
あの時は良かったなんて思っていると前に進めないから、過去の良いことは忘れちゃった方がいいんだよ。

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