【宇津木 妙子】ソフトボール日本代表チームをメダル獲得に導いたスゴい監督!

宇津木 妙子

「女子ソフトボールをメジャーにしたい。」
その想いを胸に抱きながら日本代表チームを率いて、2000年のシドニーオリンピックで銀、
2004年のアテネオリンピックで銅と二つのメダル獲得に導いた監督が本日登場のスゴい人!
彼女が監督をする上で大切にしている考え方は、学生の頃の人生で一番つらかった経験から学んだという。
彼女はどのようにして、そのつらい時期を乗り越えたのか?
さあ・・・NPO法人ソフトボール・ドリーム理事長 宇津木妙子様の登場です!

「努力は裏切らない」

今までで一番つらかったのは、学生時代に友達から意地悪されたことかな。
自分自身に原因があったんだよね。
新人戦の時に、私がレギュラーに選ばれた代わりに試合に出られなかった同級生がいたの。
その子から意地悪されるようになった。
ほんとのこと言ってその時はもうね、自殺も考えた。
まだ子どもだったから。
人前では泣かなかったけど、練習後の帰り道でポロポロ涙がこぼれてきたりね。
誰にも相談できなかったから、とことん自分と向き合った。
そして、その子のために頑張ろうって思ってとにかく練習したね。
あれから40年過ぎたけど、今でも毎朝走っているのはその頃からの習慣だね。
そして3年生の国体で準優勝した時、その子から「今までごめんね、ありがとう」って言われた。
その時、あたしは、この子に一度もごめんねって言ってなかったなって気づいたの。
「あたしの方こそ、ごめん。毎朝毎晩練習したのはあなたに認めてもらいたかったから」
って初めて言えた。
あの経験があったから苦しいことがあっても全然平気だし、それに、相手の苦しみがわかるようになった。
これは監督としてチームを引っ張る上で役立ったと思うよ。
練習が厳しくて、選手によく“鬼だ”って言われたね(笑)
毎日千本も二千本もノックして選手ももうヘトヘトで、倒れる寸前。
でも、そんな時に一歩踏み出してボールを追いかけた瞬間に大きく成長するんだよね。
練習後は一緒にお風呂に入って語りあったり、カラオケで歌を歌ったり、やっぱり、人間同士の付き合いだからお互い素で付き合わないとね。
選手一人一人と向き合って、この子は何が得意で何が不得意かというのを一生懸命掴もうとしていたね。
やっぱり、伸びる子っていうのは、変なプライドを捨てていつでも一から頑張れる子だね。
日本代表選手というのはみんないいもの持っているから、努力を積み重ねれば一流の選手になれるんだよ。
絶対にね、努力って裏切らないと思うの。
これ、ホントよ。
いつかは自分に返ってくる。
私はそういう選手をいっぱい見てきた。
私はソフトボールをメジャーにしたかったし、そのために人生をかけてきた。
だから、オリンピックでメダルが取れた時は、選手たちが本当に良くやってくれて嬉しくて、嬉しくて、言葉が出なかった。
色々な経験をさせてくれたソフトボールには感謝の言葉しかありません。
これからも、日本のソフトボールの普及のために力を尽くしていきます。

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