【杉本 八郎】世界初のアルツハイマー病治療薬を開発したスゴい人!

杉本 八郎

幼い頃の夢は詩人か小説家。
そんな文学少年が、創薬において2度の新薬開発と世界初のアルツハイマー病治療薬開発という偉業を成し遂げるとは誰が想像できただろうか?
生家が貧しく、高校卒業後すぐに働けるようにという母のすすめで工業高校へと進学。
高校卒業後、当時まだ社員数が1,000人ほどであったエーザイに入社。
研究補助員として働きながら、研究員になるために大学の夜間部に通い、卒業した。
新薬開発の成功率0.005%という中でこれまでに2度の新薬開発に成功し、“製薬分野のノーベル賞”といわれる英国ガリアン賞や恩賜発明賞、日本薬学会技術賞を受賞。
現在は、3つ目の新薬を開発するという目標を掲げ、今なお創薬の第一線で研究を続けている。
不可能と思われることを実現してきたその秘訣とは?
さあ・・・同志社大学脳科学研究科 教授兼株式会社ファルマエイト 取締役会長 杉本八郎様の登場です!

「逆境が人を作る」

初めて開発に成功した新薬は、デタントールという血圧を下げる薬。
また緑内障の治療薬としても成功したこの薬はエーザイの海外進出の第一号となり、この開発の成功が、「僕でも研究できるのかな」という自信となりました。
幼い頃から、9人兄弟の私達を苦労して育ててくれた母の姿を見て、いつか親孝行をしたいとずっと心に決めていました。
ところが、入社して数年が経ち、これから親孝行ができると思った頃に、母が認知症になってしまいました。
ある時母に会いに行くと、母は私に向かって「あんたさん誰ですか」と言うのです。
私の顔が分からなくなってしまった事が悔しくて、ショックでした。
これが、私が認知症の薬の研究を始めたきっかけでした。
新薬の開発には、長い年月と研究費、そしてたくさんの人が必要となります。
アリセプトの場合は、3名のチームで始まり、ピーク時には20名ほどのチームで研究に取り組み、15年間で200億円の研究費をかけて開発しました。
アリセプトの研究が進み、臨床試験に入った頃、突然、人事部への異動が決まりました。
これは私の人生では「まさかの坂」でした。
人事部に異動したものの、やはり研究をしたいという気持ちが強く他の会社を受けました。
しかし、当時私は既に40歳を過ぎていて大学の夜間部卒業の学歴では通用せず、論文も無かったので採用されることはありませんでした。
その後、7年間人事部で仕事を続ける中で、全国の大学を訪問しての採用活動を通じて人脈ができました。
毎月の内半分が出張ですが、半分の内勤のときには毎日図書館に通って夜遅くまでかけてアリセプトの論文を書きました。
そして、広島大学で博士号をとることができたのです。
博士号を取った事で大学教授になることができたので、今思えば人事部に異動して良かったですね。
そして、1997年のアトランタでの新発売大会で、アリセプトの開発者の代表としてファイザー社とエーザイの2500名のMRの前で発表をしました。
スタンディングオベーションを受けたあの時は私にとって“ファーマードリーム”が叶った瞬間でしたね。
私の若い人に伝えたいメッセージは頑張れば「高卒でもやればできる」という事です。
スティーブ・ジョブズは言っています
「stay hungry, stay foolish」
化学や数学が苦手な私がアリセプトの開発に成功したのは、ジョブズの言葉通りに生きたからかも知れません。
それと夢を実現するには、人の恩を忘れないことです。

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