【吉田 太一】“アントキノイノチ”のモデルになった遺品整理業を生み出したスゴい人!

吉田 太一

2002年に創業され、これまでに12,000件以上もの遺品整理を行ってきた日本初の遺品整理専門会社“キーパーズ”。
始まりは、引越し屋時代にある家を訪れたことがきっかけだった。
依頼主は、大阪に住む父が亡くなった東京で生活している姉妹。
東京に帰るまでの限られた時間の中で、複数の業者に依頼をして、各自の家へと荷物を運び、慣れない遺品の整理をしなければならない。
依頼主と同じように困っている人は世の中にたくさんいるはずだと思い、2年後名古屋に遺品整理の会社を立ち上げた。
彼は全く新しい遺品整理というサービスをどのようにして世の中に広めていったのか?
さあ・・・キーパーズ有限会社代表取締役 吉田太一様の登場です!

「できないと言わないこと」

1年で目標であった東京進出はしましたが、はじめは上手く行かず、一時は300万円あった資金が70万円まで減ってしまい苦しい時期もありました。
特に大変だったのは、求人。
まず“遺品整理”という言葉に馴染みが無いので、やりたいと思う人がいない。
応募してきた人を面接しても、「何の会社ですか?」と聞かれてしまう。
そんな時、知人のすすめで“ブログ”を始めました。
はじめは気乗りしなかったのですが、引越し屋時代にメディアに取り上げられたことで仕事の依頼がたくさんきたことを思い出し、毎日の業務内容をブログに書きました。
興味を持ってくれた人が求人に応募してくれれば・・・という思いで半年ほど続けたところ、
何とヒットブロガーとしてメディアに取り上げられ、出版することに。
ベストセラーへとつながりました。
もともとは社員募集のために始めたブログでしたが、今では依頼者の95%がブログや本の読者、その他のメディアで「キーパーズ」を知って下さった方になりました。
また、遺品整理は絶対に需要があるのに、どこにこのサービスを欲している人がいるのかが分からず、はじめの4、5ヶ月はなかなか上手くいきませんでした。
10年ローンで買った家のローンの返済もあり、お金はどんどんなくなっていく。
経営が上手く行かず、資金が底をつきそうな時も折れずに続けて来られたのは、遺品整理業を始めるきっかけとなった遺族の
「この時、このタイミングに全部やってくれる人が神様に見える」
と言う言葉があったから。
だからこそ、どんな依頼でも断らずに全て引き受けるのです。
私は困った時こそ、自分で結論を出します。
人に相談したり、本を読んだりはしません。
自分が経験してもいない事を聞いたり読んだりして知ってしまったら、自分で考えなくなってしまうからです。
そして、経営者には会社としての目標は必要だが、個人の目標は無い方がいい。
数年先の目標を決めて、そこに向かって一生懸命努力したって、時代が変わってしまえばそれまでの努力が水の泡になることだってある。
常に状況に合わせて対応できるようにするには、目の前にやってくる「やるべき事」に集中すること。
そうすれば、常に100%の努力を積み重ねることができるのです。

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