【新井 泰道】焼肉業界の常識を作り上げた高級焼肉チェーンのスゴい人!

新井 泰道

8月29日。今日は何の日かご存知だろうか?そう、焼肉の日である。
焼肉と言えば韓国をイメージしがちだが、韓国は元々、カルビ焼きとプルコギぐらいで内臓は煮て食べる文化だった。
我々の普段食べている焼肉はルーツは韓国だが、日本が焼肉文化を独自に発達させていった。
彼は部下に夢を語った。「もうちょっと待ってろよ。今に君たちが、胸を張って一流の焼肉店で働いていると言えるようにしてやるからな」と。
36年前に焼肉店をオープンしてから業績は右肩上がり。バブル崩壊もBSEでもビクともしない程、お客様からの絶大なる信用を築いた。今では2000人もの従業員を雇用している。
そして、業界をリードする焼肉店に成長し農林水産省認可のJY全国焼肉協会会長も務めている。
さあ・・・株式会社叙々苑代表取締役社長、新井泰道様の登場です!

「焼肉一筋55年 私の師匠はお客様」
子供の頃は本当に貧しかった。弁当を持っていけなかったから教室を抜け出し、水だけ飲み、階段の下でじっとしていたよ。教科書代も払えない。母は中学1年の時に他界した。
早く自分で稼ぎ、食べたいものをお腹いっぱい食べたかった。
親戚から「焼肉屋で働かないか?」と言われ、中学3年の3学期に中退し、制服のまま店に駆け込み丁稚奉公をした。
店の先輩は酷かった。先輩を反面教師として独学で料理を研究したよ。1年後、仲良しの先輩が大阪に行くと言ったので、出前に行く振りをして電話ボックスで着替え、自転車と白衣を脱ぎ捨て夜逃げ同然で大阪へ行った。
翌年、東京に戻り神田の大同苑で13年働いた。女将には、料理やサービスの事など丁寧に指導して頂きました。大好きなお店でしたが、裁判沙汰となり閉店。
その後、縁がありリースで焼肉屋をやらないかと誘われ、退職金や貯金した220万のうち200万をつぎ込んだが、1週間で自信を無くしてしまった。そこで、オーナーに「お金を返してくれ」と言ったら「男がそれでどうするんだ!」と言われ、やるしかない!と心に決めた。
その店で元手を稼ぎ、33歳で叙々苑を六本木にオープンしたんだ。
当時、焼肉屋は女性が入りにくかった。だから、徹底的に女性に気に入られる店作りをしたんだ。
牛タンにレモンを添えるのも上カルビも食後のデザートも女性目線のサービスなんだ。煙も照明もトイレもとにかく工夫した。
人の3倍働き原価を考えずに良い肉を仕入れた。料理人だったけど、フロアーにも出て接客もした。
だからお客様の意見も沢山聞けた。意見をスグに取り入れて実践し続けたね。
半年も経つと行列が出来て、レジにお札が入らないので足元のダンボールに入れていたぐらいお客さんが来てくれた。
価値ある質の高い商品と接客。その分の金額を頂き、お客様にリピーターになっていただく。振り返ると、僕は一途になるしかなかった。一途になって必死に考え、没頭しているからアイデアが湧いてきた。
他の事を考える余裕が無いぐらい忙しかった。
70歳になった今でもお客様の「美味しい」その一言が嬉しくて、焼肉の事で頭がいっぱいさ。

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