【藤本 京太郎】日本人初のK-1重量級世界チャンピオンからボクサーに転向したスゴい人!

藤本 京太郎

両親の離婚がきっかけで貧しい家庭環境で育ち、子供の頃からコンプレックスの塊だったという。

「そんな自分に打ち勝ちたい!」その一心で格闘技の練習に打ち込んだ。

21歳の時にK-1にデビューしてからジェロム・レ・バンナやピーターアーツなど並み居る強豪選手を次々と撃破。見事K-1のヘビー級チャンピオンに輝いた。 その後はボクシングの世界に転向し4連勝している。

コンプレックスを成長の原動力に変えるコツを教えていただきましょう。

さあ・・・ヘビー級ボクサー、藤本京太郎選手の登場です!

 

「コンプレックスをバネにする」

小学校5年生で両親が離婚。 母親に引き取られたけど、小学校6年生から中学校3年生までは3歳から始めた空手ができる環境ではありませんでした。

離婚で家が貧しく、もともと気弱で無気力なのも相まって、何もしなくなりました。

勉強はできない。外見がかっこいいわけでは無い。とにかくコンプレックスの塊でした。

中学卒業前にこのままどうしようかと考えた時、頭のいい人は、良い大学出ていい会社に就職するんだろうと思っていました。

自分は、このまま過ごしたら10年後も今と変わらない自分の姿が想像できたので、一発逆転するためにどうすればいいのかと毎日考えていました。

自分には何の取り柄も無いとマイナスイメージばかりでしたが、とにかく「テレビに出て有名になりたい」と思いました。テレビに出るにはその時全盛期であったK-1が手っ取り早いと思い、格闘家になろうと決めました。

高校3年間はバイトをしてお金をためながら、毎日毎日ひたすら走って、強くなるために独学で練習していました。

格闘家になりたいと友達にも言っていなかったので、なぜ自分が走っているか知らなかったと思います。

東京に出て夢であったK-1選手となりテレビに出るようになって、それを見た友人が驚いて電話をかけてきてくれました。その時は嬉しかったです。

K-1で優勝した瞬間は、想像していた感覚とは全く違って飛び上がって喜ぶということも無く、ただ一つの試合が終わっただけだと感じました。 自分自身何も変わらず、翌日からまた練習に取り組みました。

自分は、男として人として大きく成長したいと思っています。

気が弱いので、「相手をぶっ殺してやりたい」というメンタルも持っていません。試合前はいつも怖くてビクビクしています。でも、自分で選んだ道なので、試合が終わったらこれで1つ成長できるのだ、と思って試合に臨んでいます。

子供の時から抱えていたコンプレックスから逃げたら、どん底に落ちるのが見えていました。

だから、それを打ち消すためにも日々練習に打ち込んできました。それが、成長のエンジンかもしれません。

K-1からボクシングに転向してチケットを自分で手売りするようになって、改めて周りの人に感謝することができました。周りの人に支えられて今の自分がいるのだと思います。

これから世界ランカーと戦うことになれば、日本人初。世界ランク入りし、歴史に名を残したいと思っています。

そしてコンプレックスがあって自信の無い若者たちに、やればできるということを伝えていきたいです。

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