【長谷川 裕一】日本一の仏壇屋を作り上げたスゴい人!

長谷川 裕一

「おててのしわとしわをあわせてしあわせ、な~む~」というCMを一度は見たことがあるのではないだろうか?
本日は、全国に100店以上の店舗を展開する日本一の仏壇屋の会長が登場する。
幼少の頃から、「お前が正義の為に死ぬんだったら泣かない」「卑怯な事はするな」「言い訳言うな」「正直でなければならない」「利己主義は駄目だ」とリーダーになるための教育を施された。
大学時代に日本一の仏壇屋になると心に誓い、見事、家業の仏壇屋を日本一に導いた。
さあ・・・株式会社はせがわ 代表取締役会長、長谷川裕一様の登場です!

 

「心を養う」
中学を卒業し、家業を継ごうと思ったが、両親の勧めで高校へ。
実業高校を選んだら地域で一番ケンカの強い学校だった。
高校2年生になった時、「長髪が許可されるように校則を変えてくれ」と周囲から生徒会長になることをお願いされた。
ちょうどその頃、取り壊しが決まっていた古い校舎が掃除も不十分で汚れていた。
多くの卒業生を輩出した学び舎は、感謝の気持ちを込めてきれいにして取り壊さないと駄目だと思っていました。
『この校舎をみんなでピカピカに磨き上げること』を生徒会長を引き受ける条件としました。
ある時、高校の番長が学び舎に土足で上がったので、一喝しました。
喧嘩は強くないが、お互いの面子を懸けて話し合い、最終的には、番長も雑巾を持って、掃除をしてくれるようになりました。
ピカピカに磨きあげられた学び舎を校長先生が見て、長髪は許され、退学者もゼロになり、地域のモデル校になった。
高校時代に自発性が目覚めると、社会に出てから役に立つと思います。
ある時、夏目漱石の「こゝろ」を読み、精神を鍛える必要があると感じ、命を磨くため、仏教系の大学へ進みました。生命の乗り物である身体も鍛えるため、空手道部へ入部。
空手がなかなか上手くならないので、人の3倍は基礎練習をしました。大学を卒業する頃には、大将に選ばれ試合でも連戦連勝でした。
大学卒業後、実家に戻ったその年に三井三池炭鉱の爆発事故。400人以上の方が亡くなられた。
3日後に現場に駆けつけ、亡くなられた方の家を1軒、1軒訪問し、供養をするためのお仏壇を勧めました。
あるご家庭では、子供がお仏壇を通して、毎晩、毎晩亡くなった父に1日のことを報告し、自分自身とも対話をしていました。
お父さんはこの子どもにとって心の柱でした。

25年という月日が経ち、子供が母親の為に立派な家を建てたのです。その時は、改めて感謝されました。
私たちは目に見えるものばかり追い求めがちですが、実は見えないものの中に真実があります。
『見えない力に支えられている』と自覚する心を養って欲しいと思います。

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