【寺田 恵子】日本の女性ロックバンドの礎を築いたのパイオニア

寺田 恵子

第二次バンドブームと言われた1980年代後半から90年代前半。

日本の女性ロックバンドと言うと皆さんの頭に思い浮かぶのは??

ビジュアル派のプリンセスプリンセス?

それとも実力派のSHOW-YA?

彼女は今も現役で多くのファンにメッセージを伝え続けている。

彼女のライブには心に悩みを抱えた多くのファンが足を運ぶという。

きっと、彼女が経験してきた苦悩や葛藤の数々を歌声や姿から感じるからであろう。

歌い手が放った想いは、観客が言葉にすることができない苦しみや希望に訴えかけていく力がある。

さあ・・・SHOW-YAのボーカル寺田恵子様の登場です!

 

「限界の先にあるモノ」

小学校2年生の席替えで凄く好きな男の子の隣になりました。

ウキウキしていると、彼がいきなりみんなの前で

「先生、寺田さん暗いから隣が嫌です」

と言ったんです。深く、深く、グサリと胸をえぐられました。

イメージ払拭の為、3年生のクラス替えを期にちょっといたずら好きな不良グループに入りました(笑)

10歳の頃の夢はロックシンガー。

オーディションに応募はするけど行く勇気が持てず、高校3年で初オーディション。

しかもアイドル番組。

アイドルと真逆の格好で行ったら落選。

女バンドに誘われていて『私にはバンドだ!』と思いました。それが「SHOW-YA」でした。このバンドで絶対デビューすると思ってオーディションを受け始めました。

するとソロを勧められるんです。だけど、バンドでデビュー出来ないならと断り続け、仲間と死ぬほど練習を重ねました。

就職などでメンバーは常に入れ替わりましたが21歳でやっとデビュー。

女性ロックバンドが珍しい時代だったのでメディアは取り上げるが売上が伸びない。

演奏の評価が高いのに売れないのは全て自分の責任だと思い。アルバムごとに髪型を変えましたが駄目。

体重が38kgまで落ちました。

デビュー3年後、アメリカでの収録時にエンジニアが悩みを抱える私を見て

「海外では30歳になってやっと音楽業界で生まれた事になる。そう考えると今の君はまだお腹の中。生まれるまでの6年間、どんな経験をしてそこから何を得ていくか。それをちゃんと見極めて一生懸命生きてゆけば30歳になった時、ちゃんとした歌が歌える」

とアドバイスをくれました。

まさに悩みが吹っ切れた瞬間です!

悩むことは悪い事じゃないけど出口が見つからない時もあります。

そんな時は片っ端から楽しい事、悲しい事を沢山経験し、必要なモノを体の中に入れて行く時期です。

何度も奈落の底を見てはいるけど、最後に落ちる場所は岩の上でなくクッションでした。

そこから『まだ心は折れちゃいない!』と立ち上がり続ける人生です。

音楽を通して色々な経験をさせてもらったパワーを、これからも発信し続けて行きます。

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