【中野 裕弓】日本人初!世界銀行人事部にヘッドハンティングされたスゴい人!

中野 裕弓
"世界銀行"をご存知だろうか?世界から貧困をなくすという目的で作られた国際機関のことだ。
天災や人災で経済的困難を抱える国や途上国で国創りの支援をし続けている。
日本は戦後、復興のため世界銀行から融資を受けた。そして首都高速道路、黒部ダム、東海道新幹線などのその後の発展の基盤となるインフラを整備した。その世界銀行にヘッドハンティングされた女性がいた。
さぁ「世界がもし100人の村だったら」を日本に広めた中野裕弓様の登場です!

「道を知ることと歩くことの違い」
敗戦後、両親はそれまで住んでいた台湾から日本に引き揚げ、裕福な生活ではありませんでしたが
私はとても豊かな教育を受けました。それは『何を習ったか』ではなく『どういう環境で何を価値観として育ったか』です。18歳で英国に語学研修へ行き、自分が少数派だという貴重な経験をした後、日本で金融市場が開かれたちょうどその頃外資系金融機関に就職。
しかし、当時はバブル最盛期。お金が激しく動く環境の中で私は心と身体のバランスを崩し
自分と向き合わなければならない状態に。そんな時、「Meditation(瞑想)」という言葉に出会い、
自分を取り戻すきっかけになり瞑想を始めて1年後には、宇宙(心の奥の声)と繋がる感がありました。

ある朝、TVで自社が吸収合併されたニュースを聞き慌てて出社したところ「120名のスタッフのうち40名を3ヶ月でリストラするように」と指示が降りました。当時、リストラは日本ではまだ稀なこと。
本社に掛け合って誰を残すかは全て任せて頂き、120名全員と面接。常に相手に敬意を払い
相手にとって何がベストかを考え宇宙と繋がった状態で面接しました。
外資系のリストラは訴訟になるケースが多い中スムーズに進み、訴訟ケースはゼロ!
3ヵ月後、40名全員が円満退社していきました。それがヘッドハンターの間で噂になり、
世界銀行からのヘッドハンティングに繋がりました。世界銀行のスタッフは「国創りは浪漫」と語り
世界中で途上国に必要な支援をするのです。
そんな時、日本ではオウム事件・・若者が自殺するニュース・・日本はどうしちゃったんだろう?
故郷日本が心配になりました。日本を離れている場合じゃない!

特別な労働条件・ステイタスを捨てたとしても、日本の国創りに関わりたくなり98年に辞表を書き帰国しました。多くの人はいろいろ知識を増やして"道を知る"ことには興味があります。
でもそれは、実際にそれを生かして活動し"道を歩く"ことは大きく違います。
道を歩くには静かな覚悟がいるのです。

今、必要なのは、社会をよりよく変革するために実際に動く人なのです。
それも自分をしっかり愛で満たして、喜びと楽しみの中で世の中を変えていく、そいういう人たちの出番です。

この時代に生まれた皆さんと共に道を歩き、素晴らしい日本を世界に発信していきます。

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