【山本 拓己】音楽プロデューサーからリフォーム会社社長へ。好きなことをして業界で輝くスゴい人!

山本 拓己
盛り上がりを見せるリフォーム業界。リフォームデザインコンテストにて全国最優秀賞3年連続受賞。
先見の目を持つ彼らは、今後起こりうる食料自給率の低下に備え米農家と契約までして、
社員の為にお米を買うという面白い試みを実施。
この会社の社長は元ミージシャン。朝から晩までギターを弾いている毎日からの華麗なる転向を経験。
人生で好きなことをするとはどういうことか?
さあ・・・株式会社OKUTA代表取締役社長、山本拓己様の登場です!

「個性を失わずに生きる大切さ」
ゼロから立ち上げる事が好きでしたね。通った中学、高校には文化祭が無かったのです。
ギターを弾いていたので、披露する場所が欲しくて生徒会に入り、学校初の文化祭を立ち上げました。
大学時代は、起きてる間ずっとギターを弾く生活。
ちょっとクレイジーですね(笑)
卒業後は音楽の道へ進みました。
CDも出し、楽曲提供もしていましたが不安定な生活。
当時、年齢は35歳。子供2人。突然、音楽業界に冷めたのです。
何故か・・・大の大人が名前ではなく 「Hi!ジョージ」とか「ちょっと、ジョニー」とか
あだ名で呼び合っているのがこれは変だぞと思ったのと、もっとまともな人生を歩んでみたいと思ったからです。
この気持ちの変化から、自分の事を誰も知らない場所に行きたくなり、全く違う業種である鍛冶屋に就職しました。
面接を受けている時、鍛冶屋が何をする仕事かも知らなかった位のレベルです。
退路を絶たれているので、何でも良かったんですね。
数ヶ月で職長へ昇格、何十人もの人を束ねる立場になり、3年間無我夢中で働き、家を購入。
同時に鍛冶屋を辞め再び職探し、探し方が分からず電柱に貼ってある求人募集を見て、面接にいっていました。
家を購入する時、私自身がお客様の意見を全く聞かないハウスメーカーの対応に非常に不満を感じた事を思い出し「不満=ニーズのヒント」リフォームが流行る時代が来るはずだと直感で感じて、今の会社に転職しました。
38歳、初めてスーツを着ました。
ありがとうございました
申し訳ございません
という言葉を使った事が無い人間でした。
ありがとうございましたを噛んでしまうので、車の中で毎日発音練習ですよ
そんな私が、今は経営者。
OKUTAという会社は会長がサーファーで、私がミュージシャン。常にインディーズ(大手に属さず独立性の高いもの)スピリットを忘れず、メジャーと戦う会社にしていきます 。

 

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