【竹 麓輔】開店初日に客2人だったラーメン屋から、アジア圏で大成功を収めたスゴい人!

竹 麓輔

成功は階段を上るように毎回、同じペースで成長していき成功できるわけじゃない。
ときには、歩けど、昇れず、ときには、歩けど、逆に下がり、ときには、歩けど、前が見えない時もある。
一杯のラーメンに魂を込め、一杯のラーメンを囲み仲間と共に試行錯誤。
さあ、竹麓輔様の登場です!

「窮地からの脱却で得たもの」
意外かもしれませんが北海道にある進学会という学習塾で16年間務めておりました。
30歳までに何かしたいと思い、会社を秘密で作り、人を雇って「蔵屋」というラーメン屋を立ち上げたのが最初です。
物販も含め5店舗売上6億まで成長しました。しかし、そうは上手く行くわけがありません。
社員の質は悪化、会社にもばれ、バブルの波に飲み込まれ・・
誰ひとりいなくなり、おまけに離婚・・・自殺未遂までしました。
そんな時、「ログハウスがあるからもう一度、ゼロからやってみろ」と助けてくれた人がいたのです。
場所は月形という刑務所しかないような寂しい土地。
その時、ポケットには821円しかありませんでした。
順調に売上げたがお客様が来るのは夏のシーズンだけ、冬は閑古鳥が無く状態。
でも、頑張る社員の姿を見ていたら弱音なんて吐いていられない。
だから様々な料理の基礎を勉強しました。
そして、また夏がやって来ました。去年とは違ってわざわざ足を運んでくれるお客様が増えていました。
ツーリング途中に寄ったお客様がそのまま従業員になったりもしました(現:副社長)。
弟子も増え、札幌にも店を出しました。スープは月形店の脇にスープ工房を構えて纏めて作り輸送。
そんな中、関東へ進出する話も頂き店舗数が増えていきました。30店舗を超え味にバラつきが出てしまったので研修機能を強化しました。
中国系企業にも無料でノウハウを教えました。
わずか7年で100店舗を超え年商80億に達した頃、冷凍スープを運送する会社が倒産してしまい被害総額は1億5千万円。しかもスープが各店に運べない・・
取引をやめたいと電話が鳴り止まず、一文無しになった時の悪夢が到来し恐怖で一杯でした。
しかし、社員達が一丸となってくれて危機を脱する事が出来たのです。
あの時ノウハウを教えた中国企業は中国及び台湾食品/流通最大手の頂新グループだったのです。
今では戦略的パートナーシップを結ぶ契約も交わしています。
たった1度の人生だからこそ何事も諦めちゃいけないとつくづく思います。
皆様も諦めずに是非、人生チャレンジしてください。

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