
今日の男が出演した大河ドラマ、時代劇、映画、舞台、人気ドラマは数知れない。どんどん人気も上がり、どんどんファンも増えた。ここで多くの芸能人は“傲慢”という病に侵されるという。“傲慢”今日の男も一時はおぼれかけた。しかし、ある映画監督と出逢い、その荒治療により救われた。何のために演じるのか?役者として何を表現したいのか?さあ、本日のスゴイ人は、榎木孝明様です!「先義後利で生きる」角川春樹監督「天と地と」で与えられた上杉謙信の役。当時32歳。自信満々。人の言うことも聞けないほどの傲慢な私は、この作品に携わることで後の人生に欠かせない教訓を体得することとなる。撮影中来る日も来る日も罵声を浴びせられ、心も身体もずたずたに徹底して、しばかれた。演じても演じても監督に認められず、「人間やめろ!」…役者をやめろ、ではない。「人間をやめろ!」だ。味方は一人もいない孤独との戦い・・・本気で監督を憎む自分がいたもう何も考える余裕すらなくなった今、腰に挿している刀を抜けば目の前の監督を殺せる…。こんな思いさえよぎってしまうほど追い詰められていた実際に魂同士の殺し合いをしていたと思う。やがてこれ以上落ち込めない処まで行き着いたその日の撮影での演技・・・それは、もはや演技ではなくなっていた。そのとき監督が言ったひとこと。「俺が待っていたのはそれだ」一遍のエゴも抜け去った状態がやってきたのだ。自分の欲の実現だけを優先していた自分がいなくなっていた。「先義後利」自分の欲を得よう、格好よく見せようと格好つけたりしているうちは所詮、それは真剣勝負ではなく、評価も「良くがんばりましたね」といった程度だった。本当に目の前のことだけに没頭し、己のことを忘れ義を果たしたときに、利益は自然とついてくるという、気づきを得た経験でした。私が今全力を注いでいる映画「半次郎」の主人公である中村半次郎も、幕末の藩士たち、真のヒーロー達もきっと我が欲よりも、社会改革に燃えていたことと思います。彼らの勇姿を伝えるのが今の私の役割だと思い、これを全うしたとき、また新しい答えをみつけられると感じ、精進しているところです。