
日本一と評されるガトーショコラがある。ひとかけらでも口にすれば、ほとんどの人はうなり、その称号に納得するであろう。そんな日本最高峰のガトーショコラを生み出し、それ一本で年商3億円を生み出したケンズカフェ東京のオーナーシェフ氏家健治氏。今でこそ成功者として知られるが、ここに至るまでには明日をも知れぬ苦難を味わった。そこからどのようにして今があるのか。語られた軌跡には、飲食業のみならずあらゆるビジネスパーソンにとって示唆に富む内容だった。
一点突破
動画
ネット検索の台頭が背中を押した
―その苦しい状況をどのように改善されたのですか?
足立区鹿浜にある「スタミナ苑」をご存知ですか?最寄駅から遠く、とても利便性がいいとは言えない焼肉店ですが、言わずと知れた人気行列店です。確かに絶品の焼肉を提供されていますが、こんなに不便なところにあって、なぜこんなにもお客さんが行列をつくるのか、考えたんです。このお店を見ていたら、立地を言い訳にはできないぞって。
その答えが、メディアでした。メディアに出続けているんです。そうか!と。メディアに出続けることが大事だな!と。メディアといえば、テレビばかりではありません。当時、インターネットでお店を検索する時代が来ていました。何も芸能人や番組に紹介されなくても、インターネットを使えば多くの人に知ってもらうことができます。2000年頃でした。ぐるなびなどのサイトに登録してお店の情報を常に更新していきました。幸いにして私は大学で写真を学んでいたので、美味しそうに見える料理写真の撮り方が分かっていました。当時はほとんどの店がピンぼけのような写真しか載せていなかったので、キレイな写真と検索されやすいコピーでアクセスを集めることができたんです。そのうちアクセスが売上につながることが分かったので、バナー広告なども活用しまくりました。
宴会に絞る
そして、宴会に絞って貸し切りに特化して広告を出しまくったんです。知ってもらわない限り、誰も来ません。当時は今と比べればネット広告も安くて、ライバルも少なかったんです。だからそれまでパソコンなんて使ったことなかったけれど、コピーライティングも得意でしたし、シズル感のある映える写真も分かっていたので、他よりも一歩抜け出すことができました。また、キーワードも大事で、お客さんはどのような言葉で検索するのか、「飲み放題」なのか「フリードリンク」なのか、「新宿 宴会 飲み放題」がいいかもしれないとか、そればっかり考えてました。いわゆるSEO対策です。当時ぐるなびは、管理画面から自分でコピーを修正することができるようになっていましたから、夜中でもできるんです。ビラを配ったりするのが恥ずかしくて嫌だった自分には向いていました。そうしていくうちに、アクセス=売上ということが確信に変わりました。そうなれば、広告費にも予算をつぎ込むことができるわけです。正解はないけれど、やればやっただけ、数字に反映されるところが楽しかったですね。
―宴会に特化してネットで広告する。それによってお店の業績がV字回復をできたわけですね!しかし、そこからどのようにして、今のガトーショコラ専門店に変化していくのでしょう?
はい、そのうちライバルが増えてきました、さらに広告の出し方もみんな分かってくるようになる、私の店は先行者利益もありこのまま続けていてもある程度は儲かるだろうなとは思っていました。ただ、ふと気づいたんです。宴会で儲けても、お店に価値はつかないなと。2時間で10万円入ってくるのは魅力的ですが、そこそこ美味しいからといって、宴会のお客さんはまた来てくれるわけではありません。一方、創業当時から作っていたガトーショコラがありました。これが人気で、「こんな美味しいガトーショコラは食べたことがない」と喜んでくれるお客さんが多くて、「売ってほしい」「テイクアウトしたい」という要望が増えていきました。作りたてにこだわっていましたから、頼まれても最初は乗り気ではありませんでした。それでも常連さんからの頼みなので仕方なく包んで売ったところ、どんどん評判が広まっていきました。17年前(2008年頃)くらいからカフェもランチをやめて、ガトーショコラ専門に移行していきました。その頃は予約が入れば宴会は受け付けるけれども、ほぼガトーショコラばかりになりました。そして10年前(2015年頃)には宴会も完全にやめて今のような専門店になりました。
―宴会は儲かってはいたけど、完全にやめたんですね。
まず、ガトーショコラを収める箱を置く場所や材料を置く場所が足らなくなってきました。また、確かに宴会は儲かるけど、それってうちじゃなくてもいいわけですよ。さらに言うと、宴会では飲み放題で5000円とかいう商売をしていて、もう片方では、日本一と言われるガトーショコラを作っているというのもちぐはぐしているなと。ネット検索したって、「宴会 ケンズカフェ東京東京」と「日本一のガトーショコラ ケンズカフェ東京」が両方出てくる。よくないなと思いました。それで、もうきっぱり宴会もやめて、ガトーショコラ一本にしたんです。
圧倒的なガトーショコラ一本で勝つ
私は、初めからフランスの最高級といわれるヴァローナ製チョコレートを使っていました。20数年前にガトーショコラのためにそんないいチョコレートを使っているような、そんなバカなお店はありませんでした(笑)。普通は、もっと安いチョコを使うんです。しかしケンズカフェ東京東京では他店の3倍も高いチョコを使って、配合も特別にして、焼き立てで店に出しました。一般的なケーキ屋さんでは、汎用のチョコを使い、小麦粉を添加し、作り置きしたガトーショコラを店に並べるわけですから、もう品質では「勝つしかない」わけですよ。圧倒的に良い材料を使って、小麦粉を使わず配合も特別リッチにして焼き立てを食べてもらう。一番おいしいものを作りたいという私からしたら当たり前のことをやっていましたが、当時、そこまでガトーショコラに力を入れている店はありませんでした。ある意味ガトーショコラにおいては革命だったんですね、今思うと。だんだん取扱量が増えていって、チョコレートの使用量が5トンを超えるようになってきました。そのくらいの量になると、オリジナルのチョコレートを頼めるようになるんです。今では、フランスのヴァローナを超えるイタリア・トリノにある「ドモーリ」という最高級ブランドに、当店オリジナルのチョコレートを作ってもらっています。それから、スイーツ評論家や業界からやっと一目置かれるようになりました。それまで相手にされていませんでした。

ドモーリの工場から送られてくるチョコレート
―え?相手にされていなかったんですか?
そりゃ、スイーツ店はいろんなケーキが並んでいるのが当たり前ですから、ガトーショコラだけでぽっと出てきた自分は、一発屋のようにも見えたんじゃないでしょうか。とはいえ、まずは1個売れ、10個売れ、それが20個になり、50個、100個、と重なってきた結果なんですけどね。一生懸命続けていて、気が付いたらここまで来ました。
―専門店になる前からガトーショコラを作っていたとのことですが、初めからガトーショコラに特別な思い入れがあったんでしょうか。
いえ、ガトーショコラが特別ということではありませんでした。プリンやチーズケーキも作っていましたから。それらも、きちんと美味しいものを作っていましたよ。でも、ガトーショコラが一番お客さんからのウケがよかった。だからガトーショコラが残ってきたんです。他との差別化が一番できたのがガトーショコラだったんでしょうね。お客さんが「美味しいからこれ欲しい」との声が一番多かったんです、ガトーショコラが。結果的にマーケティングデータだったんですね。お客さんに喜んでもらえるものを作って、それに集中する。さらにおいしくなるように味も、焼き方もパッケージもすべて追求していく。そしたら一番になっていたってことなんです。そう、まさにマーケティング志向になっていったんです。私がやってきたビジネスモデルは、一つの商品に集中して、材料もこだわって価格を高めに設定するということです。これによって全ての面で効率化をできるわけです。これは、参考にしてもらえるんじゃないかなと思います。これからお店をやろうという人にアドバイスするとしたら、とにかく美味しいものを一生懸命つくることですよ。ひたすら追求して。独り善がりじゃだめですけど。
ガトーショコラのすそ野を広げる
―なるほど。結果、ガトーショコラだけに絞ってきたから、こだわりを集中できるし、お店のコストや資源の効率化も図れ、成功に繋がったということなんですね。
氏家さんの、これからの展望をお話いただけますか?
特に新しいことをしたいとは思っていません。絵本も出しましたし。あ、そうそう、絵本でもそうですが、動画でもレシピを公開しています。どんどん真似してほしいんです。むしろ美味しくないガトーショコラを作られてしまうほうが困るんです。だから、美味しく作れるレシピを公開して、もっともっとガトーショコラを普及させたいんです。
そもそもガトーショコラ業界なんてなかったですから。私が始めて、今ガトーショコラ専門店が増えてきています。私のレシピを真似してもらって私の店より有名になる店が出てきてもいいんです。すそ野が広がって、その頂点にいたほうがいいじゃないですか。今、日本一っていうことで、コンビニ商品の監修などいろんな仕事をいただいていますし、その自信はあります。
ライター:中俣 拓哉(なかまたたくや)
氏家健治氏プロフィール
東京都出身。ケンズカフェ東京 オーナーシェフ。https://kenscafe.jp/
ホテルオークラ東京、赤坂アークヒルズクラブ、レストランマエストロなどの高級飲食店で調理・製菓・製パンを修得。
1998年、新宿御苑前でイタリアンレストラン「ケンズカフェ」を開店
出版監修実績多数
『1つ3000円のガトーショコラが飛ぶように売れるワケ』(SBクリエイティブ, 2014)
『余計なことはやめなさい! ガトーショコラだけで年商3億円を実現するシェフのスゴイやり方』(集英社, 2018)
絵本『ぐるぐるガトーショコラ』(ケンエレブックス, 2023)、教育格差への問題意識から発案し、全国の図書館や幼稚園へ寄贈
2015年〜、ファミリーマートのスイーツ監修およびエクアドル産カカオ使用チョコ「エクアドル・スペシャル」の開発