優しく温かみのあるタッチと骨太な物語で多くの読者の支持を集めるスゴい漫画家! DAY2

本日のスゴい人は、漫画家、石川サブロウ先生。1976年、週刊少年ジャンプ(集英社)でデビュー以降、優しく温かみのあるタッチと骨太な物語で多くの読者の支持を集めてきた。近年では仲間の漫画家たちと「ぽけまん」というグループを作り、チャリティ等様々な活動も行っている。2日目の今日は、連載デビュー後の悪戦苦闘と、ヒット作を世に送り出すまで。現在の活動も含めてお聞きした。

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問題児?だった新人時代

──そこで担当さんがついて、連載のお話になっていく…

石川:『漫友記』ではちょっと省いちゃってるけどね。自分の話メインじゃないから。賞に入って2本載って。すぐ編集長から連載用にネームを貯めろって言われて。そんなの何にも考えてないから、読み切り用に1本描いたヤツを見せて。結局2話分しかストックがない状態で始めようってなって。アシスタントもいないから、もとかに手伝ってもらってね。でも10回もたなかった。人気はそこそこあったんで、このまま続けようと編集長から言われたんだけど。5回で勘弁してって。じゃあちょっと休憩してまた続き描こうね、って話にして、ちょっと休んだのさ。楽で楽で(笑)もう続き無理だわって。結局自分で流しちゃった、その話。

 

──初連載ですよね。勿体ないような…

石川:で、その5話終了の作品で愛読者※1賞作家に選ばれて読み切り描いたんだけど、新人向けの「研究費」ってのを貰いだして、そこそこ…1年くらいプラプラしてた。いろいろ。ネーム描くふりして、今度こういう読切で40ページくらい描くつもりだからって、前借りで原稿料もらったり。セコいことやってんなって言われたけどさ(笑)

※1:「週刊少年ジャンプ」誌上で19731983年、1997年に行われた。読者アンケートで選ばれた作家が読切作品を執筆する企画。

 

──お話聞いていると、なるべく…なるべく描きたくないなっていう(笑)

石川:そうそうそう、サボる気持ちがすげぇって、編集長から何から皆から言われて。アイツ放っておくと何にもやらねぇって(笑) で、いやーさすがにね、このままじゃオレもね、やばいな。これはね、オレが悪いんじゃなくて、オレを甘やかす担当が、少年ジャンプが悪い。こういうゆるい環境だから。自分を駄目にする。ここにいたら。で、担当に「オレ、小学館に移るから」って(笑) そしたら担当の上役がさ、あっ!それは待った!って。「ちょっと君に描かせたいのがあるから、1本だけ待ってくれ」って。

 

──それが『警察犬物語』※2

石川:「原作があるんだけど、君は犬は好きかい?」「まぁ好きな方だけど描いたことない」「好きだったら良いんだよ」なんて話してね。連載の準備ができるまで、柳沢※3さんのとこ、人がいないから手伝うことになって、半年くらいやってたのかな。結構面白い人だった。

※2:1978年〜1979年「週刊少年ジャンプ」(集英社)掲載。警察犬訓練所に転属された青年・雨野が、担当犬と心を通わせながら、共に成長していく姿が描かれる。

※3:柳沢きみお。代表作に『翔んだカップル』『特命係長 只野仁』『大市民』など。

 

──で、連載が始まるわけですね。

石川:まぁ色々あったんだけど、そこは割愛(笑)

 

──どのくらい続いたんですか?

石川:1年だね。1年近く立った頃、編集長が「そろそろ人気も真ん中より下がってきたから、新しいの始めようか」って。オレもいきなり言われたからね、ムカッときたんだよね。「いや、もうちょっと頑張らさせて下さい」って言って。向こうもムッとして「どうせすぐ新しいの始めるんだから」って言い方してさ。あと10回でいいからやらせてくれって言ったら、「その代わり30ページ連載ね、毎週」って(笑)

 

──大増ページ!もうケンカですよね。

石川:ケンカケンカ。「わかりました!受けて立ちます!」って、増ページで3回くらいやった頃かな? 人気が良かったの。3位か4位になって。で、テキも「良かったからそのまま続けて、ページ数も減らしていいから」って折れたんだけど「いやオレは10回って聞いてるからその後はやらない」(笑) 「じゃあこれ単行本出さないよ?」って言われて、結構ですって(笑) 最初の担当がヤンジャン※4に移ってたんだけど、その足で編集部に行って、来たよ!って。「いや、来るの早いよ。もうちょっと少年ジャンプで頑張れよ」って(笑)

※4:週刊ヤングジャンプ(集英社)

 

──ガチ喧嘩じゃないですか。よくやりましたね。N編集長って伝説の怖い人ですよね(笑)

石川:サングラスのね。歴代の少年ジャンプ編集長って伝記出してるんだけど、そこにもちょっと出てた。「石川サブロウ、不思議な人だった。言うことを聞いてくれない」(笑) でもね、ヤンジャンで『北の土竜』がヒットした時、「良かったね、向こうで頑張ってるね」って言ってくれたんだよね。パーティーで。

 

──それは何ですかね、雑誌が違うっていうのもあるんですけど、何が違ったんですか? 何が良かったですか?

石川:オレは元々、少年誌って興味無かった。青年誌志向だったんで。描きたいものは。本当はヤンジャンじゃなくて、ビッグ※5で描きたかった(笑)

※5:ビッグコミック(小学館)

──小学館志向で。

石川:小学館志向で、更にビッグ志向で。「COM※6に憧れていたからね。ああいう世界観。「ガロ」※7もそうなんだけど、なんかね、そういう大人びたものにね。

※6:手塚治虫が創刊させた「描きたいものが書ける」「新人を育てる」雑誌。「まんがエリートのためのまんが専門誌」がキャッチフレーズ。

※7:月刊漫画ガロ(青林堂)。先見性・独自性で一時代を画した。COMとガロはしばしばライバル関係とされた。

 

──雰囲気はわかるような…ちょっとひねた青年が読んで楽しめる作品っていう。

石川:まぁでも少年誌をやってたから勉強になったよね。面白く見せるにはどうしたらいいかって。ただ自分の描きたいことを描いてたら絶対にダメなんだよね。面白いものは描けないことが多いよね。

 

 

 

 

 

遠距離漫画家

──いよいよ青年誌に舞台が移ります。

石川:2本だけネームを描いていた先生ものがあって、元担当と話してたら「あっ使えるじゃんこれ」って(笑)10回くらいやったかな『はっちゃき先生』※8。ヤンジャンで。そこそこ人気あったんだけどね。やめ癖が、サボり癖が。ネタ切れだし、もう違うもの描きたいって。それから一度北海道に戻るんだよね。

※8:1980年「週刊ヤングジャンプ」(集英社)掲載。廃校となった学校の教師が、転任先の札幌で教え子たちと暮らしていく物語。

 

──どういった経緯だったんですか?

石川:里帰りした時に、漫画やってる可愛い子がいたんだよ、たまたま。こっちで仕事するならスタッフになりたいって言うんで、オレ帰るわって(笑) 週刊連載で遠隔地で仕事してる漫画家なんていなかった時代だからね。FAXもなんもないし。で、帰ったはいいけど、もうすることないから、またしばらく遊んでばっかりいて。暇だからもとかに毎日34時間くらい電話してさ、あいつは迷惑だった(笑)ずっと付き合わされて。で、このままじゃマズイ、と東京に一ヶ月くらい戻って、ネーム描こうと。新婚早々のもとかの家に居候してね。

 

──村上先生(笑)

石川:で、ネーム仕上げて連載決まって北海道に戻ってさ。その彼女、丁度自分の読切が入って来れなくなっちゃうんだよ。色んな人から紹介されてスタッフは大丈夫だったんだけど。1年位して、本庄※9が入ってくる。

※9:本庄敬。代表作に『SEED』『蒼太の包丁』『三国志メシ』など。「ぽけまん」メンバー。

 

──先程も仰ってましたけど、遠くで仕事されている作家さんっていなかったんですか。

石川:まったくいなかった、特に男は。男漫画って週刊誌が基本だったし、喧々諤々と打合せしながら作るのが男の漫画だったから、なかなかそういうのは。後で聞いたけど、編集者たちに「あぁサブロウ終わったな」「石川君なんて終わったと思ってるよみんな、北海道帰っちゃうんだもん」って噂されてたって。

 

──そこでやられていたのがスゴいですよね。

石川:で、1年位やった頃、星野10が「石川さんができるなら自分にもできる」って帰ってくるんだよね。あれはきっかけだったよね。北海道でも、地方でもできるって。ただ面倒くさいけどね、航空便で原稿送ったり、打ち合わせだったりオレはあんまり打ち合わせを綿密にするタイプじゃなかったから。10回分くらいまとめて、大体こんな流れ、みたいな。細かいことは一切。ネームも一切送らないで。どうせ描いていると、全然話変わっちゃうんだよね。

10:星野之宣。代表作に『2001夜物語』『ヤマタイカ』『宗像教授伝奇考』など。「ぽけまん」メンバー。

 

──で、長期連載になって。ずっと北海道でやられてたんですか?

石川:『土竜』も3年目くらいで飽きてきて、もうやめたいって言ったら、また『警察犬』の時の編集が出てきて。「折角ここまで来たんだから、ヨーロッパ編描こうよ」って言われてさ。まぁ何だかんだあって、東京にまた行くんだよね。その時、本庄だけ連れて。

 

──それが「ぽけまん」の原型になっていくんですかね。

石川:竜崎ももとかも、北海道に帰ってる時に年に何回か遊びに来てたしね。東京戻ってきてからは、ちば先生と野球やったり、その辺からかな。いろんな作家さん達と遊んだり。

 

描きたいものがない!

石川:東京戻って2年くらいやったのかな『土竜』。で、画家の資料調べたりしてて、面白いキャラクターがいるので、実在の画家を描くと面白いんじゃないかと。最初はオムニバスにして、10回ごとに主人公を変えていこうと思ったんだけど、最初の2人の主人公で続けようよ、と始まったのが『蒼き炎』11

111989年〜1994年「週刊ヤングジャンプ」(集英社)掲載。明治時代中期、日本画壇の枠に収まらない画家、川上龍太郎・大山竹蔵の激動の生き方を描く。実在の画家や歴史上の人物が多数登場する。

『蒼き炎』実在した画家、歴史上の人物たちが、主人公2人の物語に大きく関わってくる。

 

 

 

 

 

──ちょっと話戻っちゃうんですけど、画家志望のご友人から、かなり影響を受けられた?

石川:影響受けたね。絵的にどうこうという訳ではないんだけど。

 

──続く作品でも、画壇というか、画家の世界が描かれるじゃないですか。『北の土竜』もそうなんですけど、青年誌でも、画家の世界を描いた作品ってあんまり…

石川:読切では他にもあったんだけど、連載では無くてね。だから画家ものやりたいって言った時、反対された。そんなもの漫画にならないよ、って。でも描いてみたらイケる手応えあったからね。別に大々的に「絵」を見せるわけじゃないんでさ。人間ドラマなので。まぁある意味そこらへんはちょっと新しい試みをやってるっていうので結構楽しかったよ。誰もやってないっていうのは。

 

──たまたまそのご友人がいらっしゃったからなのか、元からその…

石川:いやいやいや、やっぱり友人がいたから、こいつを主人公にして描きたいなって、やっぱり出会わなかったら一切なかったよ、画家にそんなに興味なかったし。だからまぁいろんな人と繋がりができたり、出会うことによってねぇ、今の自分がいるんだなって。まったく漫画と関係ない人からでも意外と影響されてて、話づくりに役立ってるよね。で、『蒼き炎』をやった後が、何にもなくなっちゃった。描きたいものが。

 

──またそこに入るわけですね。

石川:その時一回ね、読切なんか描いてるんだけど、何やってんだろうな、こんな頼まれ仕事みたいなのやっててさ、なんて、もとかに相談した事があって。もう描きたいものが見つからないって。

 

──それは漫画家を辞めるってお話?

石川:そうそう。なんかね、やってる意味あるのかなって。そう言ったら「でもお前そういうけど、今まで本当に満足いく漫画って描いたか?」ってあいつに言われて。いや〜、一生懸命には描いたけど、そんな満足いったものは無いよ。永遠にできないけどさ、そんなものは。でもまあ「そういうものが描きあがってからでいいんじゃないか、辞めるのは」って諭されてね。それから初めたのが『本日も休診』12。ようやく描いてて、なんかこう自分でも好きな漫画描いてるっていう気持ちだった。

121995年〜1999年「ビッグコミック/ビッグコミック増刊号」(小学館)掲載。那須で人々を見つめる「山医者」の生活記を漫画化した連作。

 

──原作を持ち込まれたんですよね。

石川:うん、見川鯛山13さんの本を1冊古本屋でみつけて。読んだら夢中になって、全部探しまくってね。自分でヤブ医者っていっている方の、エッセイと言うか、小話なんだけど。担当と一緒に本人に会いに那須まで行った。そしたら気に入ってくれて、好きなようにやってよって。石川君の漫画であれが一番いいねって漫画家には言われるんだ。ちばさんにも褒められた。ちばさんと高井14さん、漫画読んで、ご本人に会いに行ったんだよ(笑)

13:医師、作家。那須に医院を開設、60年以上に渡り地域医療に従事する傍ら、短編小説や随筆を執筆した。

14:高井研一郎。代表作に『総務部総務課山口六平太』『プロゴルファー織部金次郎』など。

 

──漫画を読んでファンになって(笑)

石川:これを描いてから、少し留飲が下がったんだろうね、意外とやめようとは思わなくなったよね。

 

──この後色々描かれて、『がばい佐賀のがばいばあちゃん15が始まります。

石川:ちょっと話題になった頃、編集から持ち込まれたんだよね。ああいう昔の子どもの世界は好きだったんで、喜んで描けた。

15 2005年〜2010年「ビジネスジャンプ」(集英社)掲載。島田洋七の自伝的小説を漫画化。広島で暮らす主人公・昭広が、佐賀のパワフルな祖母の所へ送り込まれ、共に暮らしていく事になる。

 

──先生の頭の中で、あれは島田洋七なんですか? 昭広少年なんですか?

石川:うん、昭広。島田洋七じゃなくてね。だから本当はね、それも描きたかったんだよ。大きくなって、ビートたけしとの出会いの友情話みたいな。漫才編をね。あの原作使ってもOKだよって言ってくれてるんだけど。結構読むといい話なんだけど。

 

──それはぜひ石川先生の漫画で読んでみたいですね。

 

漫画家になりたい人へ一言

──夢を叶えたい、というか、漫画家になりたい方へアドバイスとかってありますか?

石川:根拠のない自信を持つこと。諦めない。諦めたらそこでおしまいなんで。自信を失っちゃダメ。俺はできるんだ、俺はできるんだって強く持たないとね。あとは妄想力だね。妄想力を磨け。

 

──特に作家さんには大事ですよね。

石川:妄想をどれだけ面白く構成して、人に読ませるようにできるか。テーマとかね、いろんなものは後からついてくるんだけど、感動させたいとか。とりあえず面白く見せるっていうっていうことを磨いた方が、俺はいいなと思うけど。一番難しいのは構成力になってくるんだけど、「間」。漫才でも「間」。あだち充16のあの「間」とかね、やっぱり彼しかできない。やっぱりね、みんなよく見ると独自の独特のものがあるんだよね。「色」というか。

16:あだち充。代表作に『タッチ』『みゆき』『H2』など。

 

──「リズム」というか。

石川:そう「リズム」ね。あれだけはね、なかなか鍛えられないんだよね。昔の少年ジャンプは特に、やっぱりすごく細かく考えてたね。読ませなきゃダメなの、読者に。「・・・」は、いやここは「・・・」じゃなくてちゃんとセリフにしてくれとかね。オレなんかはちょっと嫌だったけどね、なんか説明するような感じになっちゃうので。ちょっとやりすぎじゃないかなって少年誌は、という。

 

原画の保存と、作家のためにできる事

──今後の活動についてもお伺いしたいです。まず「ぽけまん」について…

石川:オレともとかのスタッフや近所の作家で、花見したりしていたんだけど、コンペの商品で30万円くらい旅行券が当たったんだよね。それで仲間を引き連れて、秩父に一泊旅行に行った。それが楽しくて、10人のメンバーが1回ずつ幹事を交代して、幹事の好きなところへ行く、っていうのを10年やった。これで終わりじゃもったいないから、飲み会みたいにしたらいいんじゃないの、って言い出して、なんとなく現在に至ってるんだけど。

 

 

 

 

 

 

「ぽけまん」メンバーと、交流のある漫画家たちで行うチャリティーオークションでの一コマ。上段左から:三浦みつる(The ♥かぼちゃワイン)、あおきてつお(緋が走る)、竜崎遼児、金井たつお(ホールインワン)、平松伸二(ブラック・エンジェルズ)、本庄敬、三田紀房(ドラゴン桜)、はしもとみつお(築地魚河岸三代目)。下段左から:立野真琴(そりゃないぜBABY)、新谷かおる(エリア88)、石川サブロウ、村上もとか、高橋よしひろ(銀牙流れ星 銀)。サイン提供参加者:高見まこ(いとしのエリー)、岡崎つぐお(ジャスティ)、星野之宣、中山昌亮(不安の種)、魚戸おさむ(家栽の人)、森下裕美(少年アシベ)、小谷憲一(ホールドアップ☆キッズ)、石塚真一(BLUE GIANT)、てしろぎたかし(グランダー武蔵)、下條よしあき(マイコン刑事)、のむらしんぼ(つるピカハゲ丸)

 

──そもそもはご近所さんというか、元スタッフの方とか、仲良しの先生方で飲んだり旅行行ったり。で、サイトを作って、そこで単行本に収まってない作品とかを、みんなに見てもらえたらいいな、くらいの感じで始まってる…

石川:そうそうそうそう。でもね、役割も終わったんだよね。昔無料で見せるっていうのが、あまりなかったんで、どうせ埋もれてる作品だからタダで見せることがあってもいいんじゃないかって始めたんだけど、今となっては結構もう当たり前のようにあるんで。最初の何回は無料だとかさ。だからそういう意味ではもう昔のやり方はもう終わってる。

 

──まぁそういった形でやられてきて、何かのときにはチャリティーで募金したりとか。で、今複製画17の企画を始めていますよね。

石川:本来はオレ企画だったんだけど、今までの漫画家のために、何か残すものを作っていきたいから、ぽけまんがそこに入ったほうが絶対いいと思って。先日、桑田次郎18さんが亡くなったけど、原画がもし残ってるなら、保存する意味でも、やる意義がある。

17:ぽけまんプロデュース「原画プレミアム」。ぽけまんを中心に、大御所・ベテランの作家たちの貴重な原画を複製画化。

18:桑田次郎。代表作に『まぼろし探偵』『月光仮面』『8マン』など。

 

 

 

 

 

 

「原画プレミアム」には一枚一枚、作家の直筆サインが入る。左上から時計回りに:ちばてつや(おれは鉄兵)、高橋よしひろ(銀牙流れ星 銀)、星野之宣(ヤマタイカ)、村上もとか(JIN-)。

 

──亡くなられた先生の場合、やっぱり原稿が散逸してしまったり遺族が処分してしまったりっていうのが結構あるらしいですし、昔の方ほど刷って雑誌になったり単行本になった原稿に価値を見出してないですよね。

石川:難しいところだね、価値観は。燃やしちゃってる人もいるから。その辺はやっぱり何とかしたいけどね。

 

──全ページって訳には流石にいかないかもしれませんが、キチンとデータにして保存して、思い出に残る作品を複製画にするっていうのはスゴく意味があると思うんで、是非続けていただきたいと思います。

取材・記事構成:鷲谷祐也

プロフィール:

1974年『立ち読み厳禁』が第7回手塚賞佳作となり、同作品で「週刊少年ジャンプ」(集英社)でデビュー。

1978年『警察犬物語』で初連載後、『北の土龍』『蒼き炎』で画家の世界を連載漫画で描くという試みが好評となり、ヒット作となる。

2005年より「ビジネスジャンプ」(集英社)にて連載した、タレント・島田洋七の自伝的小説を漫画化した『がばい佐賀のがばいばあちゃん』が大ヒット。

2010年「ビッグコミック(小学館)」誌に、同名ベストセラー小説を漫画化した『神様のカルテ』を執筆。

執筆活動の傍ら、交流のある漫画家たちを巻き込み、漫画家グループ「ぽけまん」を発足。単行本未収録作品の無料公開サイトを運営するNPO法人として出発、イベント参加、タイアップ企画、チャリティ等、様々な活動を行う。

2017年、更に活動の幅を広げるため、「漫画だからできる事」「漫画家だからできる事」を理念に、株式会社化。原画の保存を目的とした複製原画の制作販売をスタートさせた。

石川サブロウ (@saburou_3265) | Twitter

「ぽけまん」公式サイト:http://pokeman.jp/

複製画販売サイト:https://chara-art.com/?mode=grp&gid=2446926&sort=n

 

     

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