24000例の命を救ってきた脳外科医のスゴい人!

本日登場するスゴい人は、「神の手を持つ男」「The Last Hope(最後の切り札)」と世界から賞賛される、脳神経外科医のスゴい人!

彼はアメリカを拠点に日本やヨーロッパなど世界各国50ヶ所を飛び回り、“奇跡を呼ぶ男”“天才脳神経外科医”と評価されている。
30数年もの間、年間600人以上の手術を行い、患者の命を救っている。
その多くは他の医師によって手術困難とされたり、過去に行われた手術で完治できなかったりした患者がセカンドオピニオンを求めてきたものであるが、その成功率は99.7%という驚異的な数字だ。

1980年代には神の手と称される手術手技「鍵穴手術(キーホールオペレーション)」を確立した。
頭部に10セント硬貨ほどの小さな穴をあけ、顕微鏡を使って患部を切除・縫合することで、従来の手術方法より格段に患者の負担が軽減し、世界中の患者から絶大な支持を受けている。

さあ…
医学博士/脳神経外科医
福島孝徳様の登場です!

「すべては患者さんのために」

父は、明治神宮の宮司として生涯神のもとで生きてきました。
その息子である私は神を信じ、神聖な手術の場では白足袋をはいて、手術の時に必ず神に祈っています。
「神様、どうかこの人を救ってください」「どうか、私にこの人を救う力を貸してください」と。
これまでに何百回も、何千回も、私は神に助けられてきました。
よく「神の手を持つ男」などと言われますが、本当は「神に助けられてきた男」なのです。

鍵穴手術の出発点は研修医時代。
当時はまだCTもMRIもありませんでしたから、原因不明の頭痛の際も頭の中を覗くことができませんでした。
学生時代、国立がんセンターに入り浸っていましたので、胃カメラやファイバースコープには慣れ親しんでいて、胃や腸に小型カメラを入れて様子を見ることができるのなら、脳にも応用できるはずだと考え、実践すると予想以上の大成功でした。
世界初の脳内視鏡法の開発で世界中の話題になりました。福島先生27歳の時です。

それからというもの、24時間病院に住み込んで研鑽を積みました。
他の人が休んでいる時には、「ここで差をつけよう」と張り切って練習していました。
そして1980年、三井記念病院の脳神経外科部長になった頃から、本格的に鍵穴手術の追究を始めました。
今では1~2センチの穴でも可能になりましたが、当初私が空けていた穴はまだ500円玉くらいの大きさでした。
患者さんにとっては1ミリでも小さい方が身体に負担がかかりませんが、少しでも開口部が小さくなれば、難度は高くなってしまいます。
この穴を少しずつ小さくするために並々ならぬ努力をしましたし、手術には高い技術を要しますが、鍵穴手術を確立できたからこそ、私の目指す一発全治を実現できるのです。

私は一週間に8日働いているといわれていますが、土日も休みはありません。
特に日本にいるときは、土日が他の科の休みになるので私の手術がたくさん入り、大晦日まで手術をしています。
頭は使えば使うほど良くなりますし、体は使えば使うほど健康になります。
この世に過労死なんてものは無く(ストレス死はある)、人間は働けば働くほど健康で長生きするのです。
ストレスを感じないようにするのが長生きの秘訣です。
ですから、僕は寝る時間(4~5時間)以外は患者さんを助けるために一生懸命働きます。
休暇は人生の無駄になるので一切取りません。しかし時に仕事の合間に息抜きを2つだけ行います。
1つは、年1回ユタ大学の冬季コングレスで講演の合間にスキーを楽しみます。
もう1つは、昼間に手術を終えてから夜に、年1~2回昔の大学仲間と共にJazzバンドのLiveを行います。
何故365日働き続けるのかとよく聞かれますが、手術を成功させて患者さんからもらえる感謝が、僕を動かしているのです。
感謝ほど価値のあるご褒美は無いと、心底思っています。
父が生涯明治神宮に尽くしたように、私は一人でも多くの患者さんを救うために、一日一日、全力を尽くしています。

日本国民に告ぐ!
かつての昔通りの世界一勤勉な日本人に戻ろう!
日本人の誇りをもって愛国心と道徳心を高めよう!

◆脳神経外科医 福島孝徳 公式サイト
http://dr-fukushima.com/

◆8月2日(日)銀座ケントスにてジャズライブ決定!

◆【神の手福島先生のスゴい仕事ぶり~2015年1月末から2月のスケジュール例~】(PDF)

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