【一木 広治】都内1400か所で配布されるフリーペーパーを発行し続けるスゴい人!

一木 広治

「TOKYO HEADLINE」
東京都内の街中で目にしたことがある方も多いでしょう。
東京23区を中心に約1400か所で配布されているフリーペーパーで、ニュース、スポーツ、エンターテインメントなど幅広い情報を発信している。
本日登場するスゴい人は、日本初のニュース付き日刊フリーペーパーであり、現在も隔週で続く同紙を発行する会社を率いるスゴい人!

彼は他にも多数の企業の顧問を行い、また全国の小中学生を対象とした「夢の課外授業」、地方創生を目指す「JAPAN MOVE UP」など幅広く活動している。

さあ…
株式会社ヘッドライン
代表取締役社長
一木広治様の登場です!

「縁」

私たちの時代はバブルの真っただ中で、大学時代はインターカレッジサークルの代表としてイベントを行い、そこで広い人脈の基礎ができました。
大学卒業後、15年間広告会社に勤めていました。
2001年、大学時代の友人だったUSENグループの社長から、光ファイバーを活用した新しいメディアをつくるのを手伝ってくれと言われ、転職しました。
その時に始めたものの一つが「TOKYO HEADLINE」でした。

2002年、日本初のニュース付き日刊フリーペーパーとしてスタートしましたが、最初は新聞業界の圧力もあり広告がなかなか入らず、3か月間で数億円のマイナスになってしまいましたが、彼のベンチャー魂のすごいところはそこで諦めるのではなく、週刊に変えることを条件に、産経新聞社と組むことができたのです。
ニュース配信をいただき、印刷も産経新聞の設備で刷ることになり、安定し始めました。

当時調子がよく、グループを拡大していきましたが、リーマンショックを機にグループ解体の状況に追い込まれました。
私はTOKYO HEADLINEで様々なコラボをしたいと思い、私が声をかけてグループ外の多数の会社から資本を出して頂いていたため、「一木さんがこの事業を引き取るのがいちばんいい」と言われ、消極的MBOのような形で事業を引き取りました。
当時すでに紙の時代からインターネットの時代になっていたのに加え、東日本大震災の発生で広告がストップしてしまい、一時は累積赤字が億単位にまでのぼりました。
しかし、メディアとしてやめるということは考えられなかったので、ページ数を減らすなど工夫しながら、何とか乗り越えました。

もともと経営者になりたいという思いがあったわけでなく、グループ会社の社長から経営者になり、資金繰りも厳しく、苦しいこともありました。
ただ、周りを見てみれば、経営者の人は必ずそういった時期を経験しています。
サラリーマンの頃は自分の権利ばかりを主張してしまいがちでしたが、自分が責任者となると見方が変わりました。
だから、今となっては結果的によかったと思えます。

今はいろいろな会社の顧問をしていますが、すべてはご縁です。
1年、2年ではなく、20年、30年の付き合いの方がたくさんいます。
イノベーション、コラボレーションの時代ですから、数が多ければそれだけいろいろなコラボレーションの可能性が生まれます。
頼まれたことはできるだけやろうと思っています。

2000年から小中学校での「夢の課外授業」を始め、今日までに250校以上を訪問しました。
今後も継続し、子どもたちに「本物に触れる機会」を提供し、JAPAN MOVE UP!日本を元気に活動を続けます。

◆TOKYO HEADLINE
http://www.tokyoheadline.com/

◆夢の課外授業
http://lojim.jp/extracurricular_lesson/

◆TOKYO MOVE UP
https://www.facebook.com/TokyoMoveUp/home

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