【白井 貴子】女性ロックシンガーの先駆けとして35年にわたり活躍を続けるスゴい人!

白井 貴子

1981年のデビュー以来35年にわたりシンガーソングライターとして活躍を続ける、スゴい女性が本日登場する。
彼女はまだ女性ロックシンガーが稀な時代からロックミュージックを手掛け、ライブが始まると同時に観客が総立ちになる現象から、当時は「総立ちの貴子」と呼ばれ学園祭クイーンにもなった。

2014年にはESDユネスコ世界会議オフィシャルサポーターとなり、メッセージソング「僕らは大きな世界の一粒の命」を発表。
2011年には初代かながわ環境大使に就任するなど、音楽のみならず幅広く活躍を続けている。

さあ…
歌手
白井貴子様の登場です!

「閃きは宝物」

小さい頃から歌が大好きで、歌っているだけで幸せでした。
京都へ転校した中学の時はいじめられたこともありましたが、辛い時、歌が一番の友達で、私を支えてくれました。

17歳から曲を作り始めましたが、自分が音楽でお金を稼げるなんて考えもせず、就職しました。
その頃、友人のバンドに誘われて大学の文化祭で歌い始め、ライブハウスでも歌っていたら、「プロとしてデビューするほうがいいよ」と京都時代の友人の一人が「春一番」の作曲で有名な穂口雄右さんの元へデモテープを届けてくれて、ソニーからデビューすることになりました。

振り返れば私の人生は、いつも誰かが現れ、助けられ、今があるように思います。本当にありがたいです。
山口百恵さんや南沙織さんを育てた最強のチームが売り出してくれましたが、狙い通りには売れず、そんな時「差恥心を捨て、自分をさらけ出さないと駄目だ。ジーパンを脱いでミニスカートで歌え」と言われ、目が覚めました。
衣装も自分のイメージするロックスタイルにしようと、自分でデザインをして生地を買いに行き、母に頼んで衣装を縫ってもらいました。
夢を叶えようとする私を、一生懸命応援してくれた母には今でも感謝しています。
そうして何度目かのライブで満席、観客が総立ちになり「ロックの女王」と呼ばれるようになりました。

西武球場なども含む会場で年間100本のライブをこなしましたが、3ヶ月ごとにシングル曲を出し、年に一度のアルバム制作という商業的サイクルで体は疲れ果てていきました。
このままでは大好きな音楽を続けていくことができなくなると思い、日本を離れることを決意しましたが、スタッフは反対だったと思います。
でもバンドのギターで今は主人の本田だけは「いいんじゃない、好きにしたら」と言い、その言葉に励まされ長期休暇を取りました。

イギリスに渡った直後は、病名もわからない病で寝込んでしまいましたが、数ヶ月で復活し、作曲活動もできるようになりました。

以前、イギリスの郊外で野に咲くマーガレットを見た時にハッとしました。
大地に根ざし空を見上げ凛と元気に咲いている姿に、自分が本来持っていた力を感じたからです。
それがきっかけで、私は自然の中に居場所を見つけることができました。
15年ほど前、南伊豆の海辺に広がる3千坪の森に巡り会い「マーガレットグラウンド」と名付けました。
自然の偉大さを教えてくれる森です。

今年デビュー35周年になりますが、以前から私が大好きだった曲の多くを作詞されていた、ザ・フォーク・クルセダーズの北山修氏とアルバム制作をさせていただくことになりました。
こういうご縁も予期せぬありがたい出逢いだと感謝しています。

◆オフィシャルホームページ
http://www.takako-shirai.jp/

◆新アルバム 2016年6月発売予定!
ザ・フォーク・クルセダーズ、北山修さんの作詩楽曲を歌うアルバム、北山さんとの共作の新曲も含め、全14曲。

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