【宮脇 健】名子役から一転、4億の借金を背負い完済したスゴい人!

宮脇 健

本日登場するスゴい人は、山田洋次監督「運がよけりゃ」にて3歳でデビュー。
その2年後に「チャコねえちゃん」に出演。
それ以降、ケンちゃんシリーズは10年間にわたり10作品が放映され、圧倒的な人気を誇るテレビドラマとなる。

しかしシリーズが終わると、状況が見る見る変わって行った。
激しすぎる急降下を彼は自力で切り抜けた。
彼は何を大切に日々過ごしていたのだろうか。

さあ…
俳優
宮脇健様の登場です!

「つらい体験は宝」

近所のおばさんに児童劇団を勧められ、3歳の時に「運がよけりゃ」でデビュー。
子役時代の毎月のお小遣いは30万円。
駄菓子屋1件分のお菓子を買ったり、レコードショップのレコードを半分買い占めたり、20歳までは運転手付きの車で学校や現場まで通っていましたが、父が多額の借金をして家がなくなり、両親は離婚。
父は他の女性と一緒になり、母と兄は四国へ。
保証人になっていた私だけ一人大阪へ行き、夜はディスコの黒服、昼は運転手の仕事をしました。
お金が無いのでおかずの写真を見ながら白ご飯を食べて過ごし、電気、ガス、水道はすべて止まってしまいました。

ある時沖縄で店をやろうと誘われ、そこでも保証人詐欺に騙されて、借金は総額4億円まで膨らんでしまいました。
自己破産を勧められましたが、沢山の素晴らしい大人の中で育ったお陰で絶対に逃げないと決めました。
歩合中心の仕事に移り、本当にどん底の時期に妻と出逢いました。
彼女がお見合いのために東京から実家へ帰る送別会にたまたま居合わせたのです。
会ったその日に「帰らなくて良いよ。僕と一緒になるのだから」と伝え、2日後には同棲していました。
彼女は、ケンちゃんではなく宮脇康之という個人に真正面から接してくれました。
子供ができた時、妻に引っ越しましょうと言われ、お金がないと伝えると「もっと狭い所に引っ越しをして早く借金を返しましょう」と言ってくれました。
お風呂のない部屋に移り、死に物狂いで働きました。
ケンちゃんと呼ばれるのが嫌だったのですが、この頃やっと武器にする事が出来ました。
皆が知ってくれているなら、ケンちゃんで行こう。
そして、常に誰よりも頭を下げ、相手に気持ちよくなってもらおう。
元芸能人だからと嫌がらせをされることもありました。
人の20倍の売上件数を設定されましたが、毎日クリアして25年かけてようやく借金を完済。

私は子供の頃から沢山お金を使ったので、今は贅沢に興味がありません。
それより、詐欺師も含め多くの人が私に近寄って来ましたが、今では周りには素敵な人達ばかりなのが宝です。
妻と、あの狭い部屋の時代も幸せだったと話します。
人生の辛い体験は、それを起点に全てを幸せに転換出来る素敵な宝物なのです。
今後、俳優業では僕がお爺さん役で現代から当時を振り返る現代版のケンちゃんシリーズを構想しています。
ビジネスでは世界特許を取得したダチョウ抗体を広め、多くの人に健康を提供していきます。

◆株式会社宮脇商店
http://kenken.atcontrol.biz/index.html
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