【石原 卓児】日本最大のリユースデパートを牽引するスゴい人!

石原 卓児

“株式会社コメ兵”という会社を知っていますか?
今や、新宿の巨大店舗を始め、全国に展開するリユースデパートと呼ばれるブランド品を中心とした中古品の買取と販売をする上場企業。

現社長のお祖父さんが始めた小さなお店が、今では日本最大級の成長を遂げ、この市場を牽引する企業にまで成長した。

しかしこの成長の裏側には、現社長の失敗を乗り越えた過去があった。
さらに、会社の成長のために社内の若返りを加速している経営手腕があった。

“失敗”と聞くと、拒否反応をしてしまう方も多いと思う。
しかし、挑戦と成長において、失敗は不可避とこの方は言う。

さあ…
株式会社コメ兵
代表取締役社長
石原卓児様の登場です!

「失敗を恐れるな!」

祖父が名古屋の大須にある商店街の駄菓子屋さんの一角(5坪)を借りて始めた商売が、コメ兵のスタートでした。
祖父は先見性があって、中古品の買取市場の可能性を感じ、名古屋の5秒TVCM枠を使い、毎日のように「いらんものはコメヒョウへうろぉ~」と連呼していました。
そのお陰で、認知度と売上はどんどん伸びたと聞いています。

しかし、そのせいか私は常に“コメ兵の跡取り息子”と言われてしまい、“石原卓児”という名前で覚えられることが少なく悩んだ時期もありました。
自分の存在価値を見出すため名古屋を出て、コメ兵の知名度が低い東京で就職しました。
選んだ会社はあのヨドバシカメラでした。
販売員として任されたことをやりきろうと日々努力し、実際に数字としても成果が現れてきました。
集客が落ちる正月に店頭で販売した恒例のお年玉箱、歴代一位の販売点数を塗り替えて、上司に褒められたことは今でも覚えています。

しかし販売を続ける中、疑問がどんどん大きくなっていったのです。
「今日販売したカメラは、いつまで使われるのだろうか?」
すぐに新商品が出てくる業界、いらなくなったら捨ててしまうのか?

ヨドバシカメラで働いたおかげで、コメ兵の存在価値を再認識出来ました。
“循環型の社会を作りたい”

そう思い始めた矢先、当時の社長であった父がガンで亡くなり、1998年コメ兵に入社。
入社当初から販売と買取業務に励み、2003年の上場直後任されたのが、東京大型店出店プロジェクト。
1号店は有楽町店。有楽町店は初日から大盛況でした。
2005年社内のエース級を集め、新宿店の店長としての新たな挑戦が始まりました。

有楽町店の成功が嘘のように新宿店は全く集客が伸びず、やっと売上が増えてきたと思ったら、認知度の低さからか買取のお客様がまったく来ないのです。
これでは中古商品の仕入れが出来ません。

この新宿店での3年間は、本当に辛かったです。
新宿店の不振が全社の足を引っ張り、他の店舗に迷惑を掛けました。
しかし、従業員みんなで考え抜き、やれることはすべてやりました。
とにかく、アイデアを出したらすぐに実行して、あらゆる新しいことを試しました。
その経験があり、リーマンショック以降の不況も、組織変更やメンバーズカードの開始、WEB通販の強化など全社一丸となり、改善と挑戦を繰り返し、V字回復しました。

今の若手は、私たちの時代に比べてすごく情報量も多いし、頭が良いと思います。
しかし、知識や情報を使う場面になると、挑戦し成功を勝ち取る貪欲さが弱い。
失敗を恐れず、もっと挑戦してみましょうよ!
スマートよりも、わんぱくに!

◆コメ兵
http://www.komehyo.co.jp

◆コメ兵オンラインストア
http://komehyo.jp/top/CSfTop.jsp

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