【村上 憲郎】米国Google本社副社長・Google日本法人社長・同名誉会長を歴任したスゴい人!

村上 憲郎

インターネットで調べ物をする時に必ず使う検索エンジン“Google”
今や、誰もが知っていると言っても過言ではないだろう。

本日登場するスゴい人は、米国Google副社長、Google日本法人社長を歴任したスゴい人。

世界的大企業の代表を務めたスゴい人の仕事法とは?

さあ…
株式会社村上憲郎事務所
代表取締役
村上憲郎様の登場です!

「いつも新鮮に」

大学入学と同時に地元大分から京都に移り、今でも話題になる京都大学の熊野寮の1期生になりました。
勉強はせず、火炎瓶の作り方しか勉強しないほど、学生運動に力を注いでいました。
悪名高いあの様な寮にしたのは僕ら第一世代でした。

1968年「2001年宇宙の旅」という映画が封切られ、HAL9000という人工知能のコンピューターを目にした時、そのうち学生運動から足を洗ったら、コンピューターの仕事に就けたら良いなと思いました。

逮捕歴在りの極左暴力学生も、縁故の裏口入社で、日立電子に就職してミニコンを作ることに。
この会社への就職が、その後の人生に大きな影響を与えました。
残業時間は月200時間。残業代が含まれると給与は基本給の3倍になりました。
しかしストレスはなく、給料を貰いながらコンピューターを教えてもらっている事を有り難いと思っていました。
日立電子がミニコンから撤退する事になり、私はミニコンが好きでしたので本家の米国DECの日本法人に転社しました。

DECのエンジニアリングレベルは非常に高く、コンピューターサイエンスを本格的に勉強していない私には勝ち目はないと思い、「男を磨くのは営業だ」と言う本に従って、営業職として入社。ただ、外資系なのに入社当時の私は英語が全く話せませんでした。
話せないために社内で馬鹿にされたり、嫌がらせを受けたりしたのをきっかけに、1日3時間365日、3年間英語を勉強し続けました。

努力の甲斐あって、入社5年後には英語で講演をするまでになりました。
その講演内容は「人工知能について」でした。
入社するまで知らなかったのですが、DECはアメリカ国防総省の人工知能研究を手伝っていたのです。
HAL9000の夢と偶然にも再会出来たのです。
1986年、DEC米国本社に転勤となり、その人工知能技術センターに5年勤務。
Googleとの縁は、この頃に人工知能に携わっていたからでした。

2003年、たった10名でGoogleの日本法人を立ち上げました。
日本の品質とチームワークは世界的にも優れています。
今が昔より劣っているというわけではありませんが、ウォークマンのような、世界の人々のライフスタイルを変えるような製品を生み出し続けるには、自ら課題を見つけ出し、その解を形にする工夫が必要です。
私は常に英語で情報を取得します。
日本語に訳されるときに省略されてしまう部分があったり、翻訳されるまでの時間がビジネスでは命取りになるからです。
これからも、6年前から携わっております、スマートグリッドとそれが切り拓くIoT:Internet of Things(物のインターネット)と日本の教育改革のお手伝いをしていきたいと思っております。

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