【湯川 れい子】激動の戦後から作詞家・音楽評論家・ラジオDJとして活躍を続けるスゴい人!

湯川 れい子

「涙の太陽」「ランナウェイ」「ハリケーン」「センチメンタル・ジャーニー」「六本木心中」など数え上げればきりがないほどの大ヒット曲を作詞し、「FNS歌謡祭音楽大賞最優秀作詞賞」「JASRAC賞」「オリコン トップディスク賞作詞賞」などを受賞したスゴい人が本日登場する!
また、ディズニー映画「美女と野獣」「アラジン」「ポカホンタス」「ターザン」などの日本語詞も手がけている。
彼女は作詞のみならず、日本作詩家協会 名誉会長、日本音楽療法学会 理事などの要職を担い、幅広く活躍を続けている。
雑誌への記事の投稿をきっかけに音楽評論家デビュー。
自らチャンスを掴み、活躍し続ける彼女が大切にしている事とは?
さあ・・・作詞家、音楽評論家 湯川れい子様の登場です!

「音楽は神様からの贈り物」

1936年に生まれ、子どもの頃に戦争を体験しました。
戦争後、日本が急激に開放的になり、特に女性の生き方は大きく変わりました。
それまでは、女性は家庭を守るものでしたが、女性も仕事をして、自分で選んだ相手と結婚をする。
初めて女の子が自分の夢を追いかけて良いと言われた世代でした。
音楽が好きで、資料を漁って読んでいるうちに自分でも音楽に関する文章を書くようになりました。
音楽雑誌の読者論壇に投稿したら、それにファンレターをたくさん頂いて本格的に記事を書かないかと声をかけて頂いたのです。
それから、ラジオDJ、作詞などのお話を頂いて、今のように仕事が広がっていきました。
もともと、14歳くらいから純粋詩をたくさん書いていて、詩人や作家、画家、女優になりたいと思い描いていました。
ただ、前例がありませんので、何に、どうすればなれるのかも分かりません。
ですから、手当たり次第に、自分にできる事は何でもしました。
その中で一番大きな手ごたえがあったのが音楽でした。
インターネットの情報も無い時代ですから今の人から見ると大変そうに思われるかもしれませんが、すべての活動の原動力は「夢を実現したい」という思いでしたね。
私は体が丈夫ではなかったので、夢を叶える為に様々な健康法を試しました。
結局、人間の体を作るのは口から入る物。
本当に美味しいと思う物を感謝しながら食べるのが一番です。
それから、人間はどうしたっていつかは必ず死ぬときが来ますが、思うように死ぬ事は出来ません。
だからせめて、生きている間は少しでもストレスをなくして生きる方法を考えてきました。
そうして生まれた私の元気になる法則は「あいうえお」
「あ」会いたい人に会いたい
「い」行きたい所に行きたい
「う」嬉しい事をしたい
「え」選ばせてもらいたい
「お」美味しい物が食べたい
わがままだとも言われますが、これが一番大切だと思っています。
また、私は音楽療法にも携わっていますが、人間は外から一定のリズムを与えられると、左脳で複雑に考え込んでいた事を右脳が動き出す事で忘れられるのです。
だから、好きな音楽を聴くと嫌なことを忘れられるんですね。
音楽は、副作用のない良薬なのです。
何をやるときも、結局は自分を信じるしかありません。
情報に惑わされず、目の前の扉に自分の感性で鍵を差し込んで試していけば、きっと道は開けますよ。

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