【沢田 知可子】シングルセールス130万枚以上を売り上げた“会いたい”を歌うスゴい人!

沢田 知可子

デビューして3年間全く売れず、「次の曲が売れなければ引退」という後が無い状態で“会いたい”が全国有線放送所からブレイクし、130万枚以上の売り上げを達成した。
日本大阪有線放送大賞を受賞し、NHK紅白歌合戦出場も果たした。
オリコン100位圏内に87週(歴代3位)もの間チャートイン。
しかし、この“会いたい”の大ブレイクが彼女の前に大きな壁として立ちはだかった。
“会いたい”の存在が大き過ぎて次の曲が売れない。
失意のどん底の中、精神は消耗し、事務所も解雇。
そんな中、“会いたい”に再びスポットライトが当たり、一筋の光が見えた。
さあ・・・歌手 沢田知可子様の登場です!

「会いたい」

私はデビューしてから3年間泣かず飛ばずの時期を過ごし、次のアルバムが売れなかったらもう後が無いという状態でした。
“会いたい”はそのアルバムの中の1曲だったのです。
作詞家の沢ちひろさんから初めてこの曲の歌詞をもらった時は運命的なものを感じました。
私が憧れだったバスケ部の先輩に歌手になることを決めたと告白したら、
「俺がお前のファン第一号になってやる」
って言ってくれたんですね。
でも、その1週間後に彼は交通事故に遭って亡くなってしまったんです。
私は沢ちひろさんに自分の体験を話したことは無かったのですが、この過去の悲しい出来事が、“会いたい”の歌詞の内容にリンクしていたのです。
“会いたい”はプロモーションを特別にしていたわけではありませんでした。
それが、有線放送のリクエストチャートでじわじわと順位が上がってきたのです。
週間チャートで1位になったことは無かったのですが、年間を通してのリクエスト数ではダントツで1位になりました。
コンビニで買い物をしている女性がこの曲を聴いてその場で泣き出すなど、噂が噂を呼んだようです。
有線大賞も受賞し、念願だった紅白にも出場することができました。
“会いたい”が大ブレイクしたのとは裏腹に、次の曲が売れないという焦りがありました。
“会いたい”が自分の前に立ちはだかる大きな壁になってしまったのです。
周りの環境のせいにしてしまい、周囲からバッシングを受けました。
精神的にまいってしまって事務所を移籍したのですが、ここでも上手くいかず、契約を打ち切られてしまったのです。
あがいても前に進めない状況の中、2000年のミレニアムイヤーに差し掛かる頃に“会いたい”が21世紀に残したい泣ける歌ということで再びスポットライトが当たったのです。
この時に“会いたい”と戦うのはもう辞めて、もう一度自分の人生を奮い立たせようと、独立をすることを決めたのです。
今は東日本大震災で被災をされた方に慰問ライブも行っています。
“会いたい”という曲を聞いて涙を流す方もいらっしゃいます。
人間泣くと不思議なもので癒されることもあるんですね。
ふと、自分がやっていることは完全に歌セラピーだなと思いました。
そこから“会いたい”は聞く人の明日への不安を取り去る鎮魂歌としての想いを込めて歌うようになりました。
一度は壁になった“会いたい”という曲が、歌セラピーという新たな使命を与えてくれたのです。
“会いたい”は尊敬する中学時代の先輩が背中を押してくれて出来た、まさに奇跡の曲だと思います。

タグ: 

こちらのスゴい人もオススメです

日刊スゴい人!をフォローする