【高倉 豊】海外有名ブランド5社を再生させたブランド再生請負人のスゴい人!

高倉 豊

業界未経験なのに40歳でパルファム・ジバンシイ日本法人のトップに抜擢され、右も左もわからない時に「いいかい、タカクラ。商品も金も人も潤沢にあったら、君に頼まず経験者を選んでいたよ。制限だらけの条件の中で解決策を見出すことが、君に求められたミッションなんだ」
とフランス本国の上司に言われ、スイッチが入った。
それから「プチサンボン」は1994年輸入フレグランスで1位を獲得。
日本にライトフレグランス市場を作り出した。
その後、3社のブランドを再生させ、最後に着任した高級時計ウブロでは5年間で売上を3倍にまでさせたスゴい人が本日登場する!
さあ・・・前ウブロ・ジャパン代表取締役 高倉豊様の登場です!

「ブランドビジネスの醍醐味」

大正デモクラシーの時代に出来たリベラルな自由学園という学校に行ったことが、私の考え方のベースを作りました。
それは“皆が行っている道は行くな”です。
博報堂に入社したのですが、出世には全く興味がなく地方や海外に行きたくて仕方がなかったです。
妻の父から白黒のパリの写真を見せてもらった時から、私にとってパリは憧れの場所になりました。
知人に誘われトンプソンという世界一の広告代理店の偉い人に会い、
「僕はヨーロッパと日本の架け橋になる」と伝えたら、「面白いから君を雇おう」と言ってくれました。
すぐに辞表を書いたのですが受理されず、
それでも諦めることなくフランスの広告代理店に手紙を書き続けていたら、感触の良い法人がありました。
偶然仕事でフランスに行く予定が入り、現地に着くと「知人に会う」と嘘をつき面接を受けに行きました。
「君とも仕事をしたいが博報堂とも合弁会社を作りたい。」と言われ、話は進みいよいよ決を取ろうという株主総会も数日前、突然検察庁が入り、社長が背任行為で逮捕され、全てが流れてしまいました。
その後、縁がありヘッドハンターを通じてパルファム・ジバンシイの日本代表になりました。
外資系ブランドも化粧品業界も未経験。
その後、代表を務めた法人の業界は全て未経験でした。
でも、私が大切にしたことは、
1.ライバルは見ない
2.現場は見ない
3.ロジカルに考えない
過度な情報をシャットアウトし、本質だけを見つめ過去の業界の常識に囚われない。
閃きを大切に実行しつつ検証し続ける事。
最初から全て良いと思ってすすめることはありません。
成功してみると、後から綺麗にロジックが組めるだけです。
今ある環境の中で最大限の努力をして7割の人が嫌いと言うものでも3割の人が好きと言うなら、賭けに出ることも必要。
迷った時や煮詰まった時には、数人の信頼している仲間に相談します。
私は打算で人と付き合いたくないので、会社の看板ではなく気の合う人としか仕事をしません。
ブランドビジネスは成功して初めてドラマになるんです。
成功しないと部下も含め我々の苦労が報われません。
実際にやるのは大変ですが、最初は嫌いだと言っていた7割の人が振り向く瞬間がブランドビジネスの醍醐味ですね。

タグ:

こちらのスゴい人もオススメです

日刊スゴい人!をフォローする