【白戸 太朗】日本のトライアスロン界を牽引するスゴい人!

白戸 太朗

皇居の周りを走るランナーが増え、近年の東京マラソンにおいては抽選倍率は10倍以上になっている。
同じようにトライアスロン人気も増えていて、人気のレースなどは、募集開始からわずか数分で参加申し込みを締め切られてしまう。
そんなトライアスロンの日本における第一人者といえば、代官山に日本で初めてトライアスロンの専門店を出した本日登場のスゴい人だ。
ネットで検索すればあらゆる情報を探し出し、見つけることができるこの時代だからこそ、トライアスロンというスポーツを実際に経験することにより学べることは、大いにあるという。
どうして、人は挑戦をしたがるのか?
さあ・・・スポーツナビゲーター 株式会社アスロニア代表取締役 白戸太朗様の登場です!

「常識を上書きしよう」

両親が学校の先生をやっていた家庭に育った僕にとって、勉強することは、いたって普通のことだった。
6年生の頃が人生で一番、勉強ができたかも。
そして、地元で有数の私立中学校を受験してその中学校に入学した。
優秀な生徒が集まる私立中学に入って初めて、勉強の世界で自分よりも優秀な奴らに出逢った。
学校で教わる事も、ちゃんと授業を聞いていてもついていけなくなり、自然と、興味が勉強から運動に向かっていった。
所属はスキー部。
中学校から運動を始めた僕は、小学生からやっている人がいるスポーツでは勝てないと思い、スキーを選択した。
大学2年生の時、スキーで勝ちたくて勝ちたくて夏場の練習に始めようと思ったのが、トライアスロンだった。
その為にどうしても自転車が必要だった。
そんな時、ある雪上トライアスロンの優勝賞品がロードバイクだということを知って、その大会に向けて、本気になって取り組んだ。
そして、優勝して自転車を勝ち取ったとき、スキーの夏の練習のために始めたトライアスロンが、いつのまにか生活の中心になっていた。
学校の先生になりたくて中央大学に進んだが、どうしても体育の先生になりたくて、卒業後に日体大に編入した。
この日体大でまじめに学んだ人間の身体能力やスポーツの基礎が、プロのトライアスロン選手になって大いに役立った。
当時、日本人でプロは数名しかいなかったが、すべては世界で勝負するための通過点に過ぎない。
トライアスロンもそうだけど、参加するか、しないかで迷い、ショートコースをやった人はロングに出場するか迷い、さらに過酷なレースに魅かれ、戸惑う。
人は、自分が作った過去の『常識』の中に生きているに過ぎない。
今の若者たちはあらゆる情報を簡単に手に入れられる分、逆に、自分のリアルな体験の価値を忘れてしまっているように思う。
自分の作った常識は、自分の経験や、挑戦によってのみ、上書きができるのです。
僕は、トライアスロンというスポーツに挑戦する人を増やすことで、日本を元気にしていきたいです!

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