【キャロル・ハルヨ】フラダンスの世界最高峰“メリー・モナーク・フラ・フェスティバル”を4連覇したスゴい人!

キャロル・ハルヨ

21歳の時、旅行で訪れたハワイの虜になり、「将来はハワイに住む」と心に決めて30歳を目前にしてハワイ移住へと踏み切った。
英語も満足に話せない状態であったがハワイ屈指のフラダンス教室に通いつめ、半年後にはフラダンスの最高峰「メリー・モナーク・フラ・フェスティバル」の選抜メンバーに選ばれ、見事優勝を飾った。
しかし、一見順調に見えるハワイでの生活の裏には、血がにじむような努力の日々が隠されていた。
それまで日本で習ってきたフラダンスを一切否定された上でのスタート。
彼女はどのようにして、苦しい時期を乗り越えたのか?
さあ・・・H-POWER.Co代表フラ・パフォーマー&ボディーベース・トレーナー キャロル・ハルヨ様の登場です!

「リセット」

20歳の時に旅行でハワイに行って、「ここに将来住みたい」って
ビビビってきたんですよね。
まるで恋に落ちたみたいだった。
帰国後、ハワイの文化に触れていたいと思って、近所のフラダンス教室を探して通うことにしたんです。
小さい頃からバレエをやっていたので、フラが始めやすかったんですよね。
1年ほど経った頃、パレカ・レイナアラ・マトスさんというハワイの有名な先生が日本でワークショップをする機会があったので、参加しました。
一目見た瞬間、「本場は全然違う」って衝撃を受けました。
その先生が「ハルヨ、もしハワイに来ることがあればうちに来なさい。レッスンしてあげるよ」と声をかけてくれたんですよ。
30歳になる前に決断をして、夢に描いたハワイに行くことを決め、パレカ先生のスタジオに通いました。
でも、ここでドーンとどん底に落とされるんですよ。
それまで続けてきたフラが全く通用しない。
日本ではインストラクターもしていましたし、「ハルヨちゃん上手いね」なんて周りから言われていたんですよ。
だから余計に辛かった。
スタジオからの帰り道、バスを待っている時に「日本では何一つ不自由の無い生活を送っていたのに30歳にもなって何しているんだろ?」
という思いが込み上げてきて、涙が溢れてきましたね。
でもね、
せっかく夢にまで見たハワイに来ることができたんだし、変なプライドは捨てて全て受け入れようと思ったんです。
それまでのことを一旦リセットして先生の言うことを素直に受け入れて練習しようと、考え方を切りかえたんですね。
そこから1日8時間、休み無しで猛練習ですよ。
そうしたら、半年後に世界大会の出場メンバーに選ばれたんです。
地元の人もなかなか選ばれないので、本当にうれしかったです。
運よく結果も1位になりました。
このハワイの日々は、99%は辛いことや嫌なことだったけど、世界大会4連覇を経験することができたり、夫との出会いもあったりと、残りの1%はすごくいいことがあった。
その1%の喜びを味わうために、努力を続けたんだと思います。
今は独立をして、東京、関西、富山に教室を持ってハワイと日本を往復する日々を過ごしています。
フラの新たな形を作りたいと思って、他ジャンルのアーティスト、DJの方ともコラボレーションしてイベントを行ったりしています。
常に新しいことにチャレンジする。
それがハルヨ流のスタイルなんです。
フラの魅力をたくさんの人に届けるためにこれからも前進し続けます。

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