【中澤 淳仁】外国人で唯一中国金融機関の機関誌を一手に請け負うスゴい日本人!

中澤 淳仁

大学時代に生み出した発明品を元に卒業後すぐに起業をし、順調にビジネスは推移した。
しかし、信頼していた人からの突然の裏切り。
会社は傾き、資金は底を突き、どん底に落ちた。
そこから、奇跡とも言える復活を遂げ、今となっては、中国銀行をはじめとする大手金融機関の機関誌を請け負っている。
どのようにして彼はどん底の絶望の中から復活を遂げることができたのか?
さあ・・・長今信息科技(上海)有限公司 董事長 中澤淳仁様の登場です!

「どん底からの復活」

大学は農学部で、切花を5年や10年といった長期間生きながらえさせる液体を開発し、卒業すると同時に起業をしたのです。
事業は順調に進んでいったのですが、5年程経った時に信頼していた人に裏切られて、事業が行き詰まりました。
お金も無くなり、自分の周りから人がどんどん離れていきました。
この時は本当に落ち込みましたね。
ある時自分の姿を鏡で見てびっくりして、思わず振り返ってしまいました。
だってそこにいたのは、今まで見慣れた顔ではなかったんですよ。
頬はコケ落ち、目の下にはくまが出来て、げっそりとした顔・・・
精気が全く無かったのです。
ふと、神様はこんな顔の男にはチャンスをくれないなと思ったんです。
このボロボロの状態から抜け出さないといけないと思ったんですね。
まずはしっかりと食べて、睡眠をとりました。
そうすると人の回復力は結構すごくて、徐々に回復していくものなんですね。
この時の苦しい経験を乗り越えたので、その後はどんなことがおこっても心に余裕を持って対処できました。
中国で花の生産をしていた会社がまだ現地に残っていたので、上海に渡りました。
当時の上海は、中心部を除くと今と違って全く発展してなくて、本当に何も無いところだったんですよ。
でも、1年もすると周辺地域にもビルが林立する街になっていたんですよ。
ぶったまげちゃって。
地図が、街の開発スピードに追いつかないんですよ。
自分でもビジネスを立ち上げたのですが、困ったのは、1業種1社でビジネスを行わないといけないという制度があり、いろいろなビジネスをしようと思ったらその度に会社を作らないといけない。
そこで、プロジェクトベースの事業を展開することを思い立ったんです。
事業アイデアが沸いたら、それを事業化できる会社を探して共同でプロジェクトを立ち上げるのです。
参加メンバーは、中国人も日本人も他の国の人も色々です。
中国人と日本人では仕事や価値観が違うことがあります。
ですので、相手のいいところを見るようにしてお互いの得意分野を補完できるような関係を作るようにしています。
富裕層向けの旅行を企画したり、商品カタログを製作したり、その時々で内容が変わります。
目的が同じ仲間が集まってお互いの強みを生かして仕事をし、儲かったら山分けをする。
まるでワンピースの世界みたいでしょ。
でも不思議とこの方が仕事がうまくいくんですよ。

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