【加治 将一】『2度の全財産を失う苦境を乗り越えたベストセラー作家のスゴい人!』

加治 将一

アメリカでの体験をもとに不動産、消費者金融、投資関連などのベストセラーを多数輩出したスゴい人が本日登場する。
知り合いもいない、英語も話せず、周りが引き止める中ロスへと飛び立った。
「海辺でプール付きの家を購入する」という目標を立て、その写真を部屋に飾り、毎日眺めながら生活をして、3年で目標を達成した。
しかし、何十億円もの不動産投資を行う中でバブルがはじけて全財産を失う大きな失敗も経験した。
彼はどのようにして試練を乗り越えたのか?
さあ・・・作家 加治将一様の登場です!

「運が良い」
最初は札幌で英会話の学校や翻訳のビジネスをしていました。
北海道庁からも翻訳の仕事を受注するなど仕事は順調だったのですが、毎日が同じことの繰り返しで、つまらない・・・
そう思い始めた28歳の時に『財界さっぽろ』の常務に相談をしたところ、アメリカを見た方がいいとアドバイスを頂き、家族と一緒にロスに移住することを決めました。
でも、私は英語も満足に話せませんし、ロスに知り合いがいるわけでもありません。
友人からもお前はバカかと言われましたが、「今行かなくてはいけない」と思ったのです。
現地に銀行口座を持っていなかったので送金ができず、3000ドルの現金だけを持ってロスに行きました。
残りのお金は後から送ってもらおうと、日本で信頼していた秘書に預けてきました。
ところが、ロスに到着してから秘書に電話をしても一向に連絡が取れません。
最初は事故や病気にでもなってしまったかと心配していたのですが、日本の友人から「いなくなったみたいよ」と聞いて、あまりのショックに目の前が真っ暗になりました。
でも、立ち止まっていても何も始まりません。
新聞で日本の駐在員向けの保険の販売員の求人広告を見つけて、「これしかない」とすがるような気持ちで応募しました。
徐々に保険も販売できるようになり他にもルイヴィトンのバッグを日本に輸出したり、不動産を購入したりと色々とビジネスを展開するようになりました。
当時アメリカのルイヴィトンでしか作っていなかったバケツ型のバッグが、毎月100個~200個は飛ぶように売れました。
最盛期には、不動産にも何十億と投資していました。
そんな時、バブルがはじけて不動産価格が急落。
資産が吹き飛んで、倒産しました。
今思うと、あの頃は何でも思い通りになるとどこか傲慢になって自分を過信してしまっていたのですね。
日本に帰国後、アメリカと比較して日本の不動産市場のおかしなところを纏めた書籍を出すことになりました。
これが、メディアにうけてテレビ番組に出るようになったのです。
これが、今の作家の活動に繋がっているのです。
札幌を出る時は作家になろうなどとは1ミリも思ったことが無かったので、人生どうなるかわかりませんね。
ただ、私は常に運が良かったと思います。
運を良くするためには、常にオープンマインドでいること、そして人を愛すること。これが大切ですね。

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