【小林 三郎】世界で初めてエアバッグを開発し世に送り出したスゴい人!

小林 三郎

衝突事故から利用者の命の安全を守る「エアバッグ」。今では乗用車をはじめ、軽自動車や貨物自動車、バスなど多くの自動車で標準装備されるようになった。
今では当たり前のように装備されているエアバッグも開発当時は実現不可能と言われ、研究者達も開発に反対していたと言う。その中で、少人数で16年の時間をかけてエアバッグを開発したスゴい人が本日登場する。彼はエアバッグの研究を通して、イノベーションを起こすためのある大切なことに気づいたという。彼が考えるイノベーションに欠かせないこととは?さあ・・・エアバッグ開発者、小林三郎様の登場です!

「革新への挑戦」
もともと機械いじりが好きな子どもで、時計は何個解体したかわからないくらい。
その後、早稲田の理工学部から、カリフォルニア大学のバークレー校に留学した。
帰国後、自動車が好きでTOYOTAに入りたいと思ったけど、教授にHONDAを勧められて入社したんだ。
私はスポーツカーの設計がしたかったんだけど、配属されたのは、新設の安全研究室。毎日車をぶつける実験の繰り返しですぐに辞めたくなってしまった。
そんなある日、宗一郎さんが研究室を歩いて来たので挨拶すると、
肩をバーン!と叩かれて、
「おい、お前!今何やってんだ」と言われたんだ。「安全研究室配属です」と答えると、「お!安全か!安全は一番大事だからな!けっぱれよ!」と独特の方言で言って歩いていったんだ。
その後ろ姿に後光が差していて、その時、HONDAに骨をうずめようと決めた。
その後、エアバッグの開発の指示を受けたけれど、これがまた大変だった。
何せ、私とリーダーの久米さん(3代目社長)以外の研究員が全員開発に反対してたんだよ。12人いた研究員も4人まで減っちゃって。
規模が縮小する中で研究を続けることはきつかったけど、「なにくそ」という思いが自分を駆り立てた。
どんなに無理だと言われても、開発が不可能であることを証明するまで可能性はある。
当時、反対する研究員はエアバッグの故障、誤作動を恐れていた。
それに対して、4ヶ月考え抜いて出した答えは、「技術の未熟は技術で解決できる」というものだったんだ。
それを久米さんに伝えにいくと、
40分間たばこを吸い、黙り込んだ。そして一言「まぁそんなもんだな」と言ってもらった。普段絶対褒めない久米さんにとってそれは花丸を意味していた。だから最後まで続けられた。
16年の研究を経て結果は大成功し、エアバッグはすべての車の標準装備にまでなった。
エアバッグの成功で、人間は将来のことは分からないんだなと感じたよ。経験や知識は必要だけど、それがイノベーションの邪魔になる。
新しいものは皆が反対する。
でもイノベーションは論理から生まれるものじゃない。それを超えたところにあるんだ。だからイノベーションは、知識や経験がない若者にしか出来ない。
他人が作ったレールやしきたりに自分を置かないで、しっかりとしたコンセプトと情熱をもって新しいことに取り組んでほしい。明日の日本はそういうところから生まれるからね。

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