【伊藤 羽仁衣】芸能人からの依頼が殺到する若手ウエディングドレスデザイナー!

伊藤 羽仁衣

デザイナーである父の影響でデザイナーになると決め、13歳という若さで毎日モードコレクションにオリジナルドレスデザインを発表した。

22歳で札幌にウエディングドレスブランドHANY WEDDINGを立ち上げ、2010年に東京青山に『THE HANY』を出店。

その個性溢れるデザインから生み出されるドレスは多くの人々を魅了し、多くの芸能人からの依頼も後を絶たない。

昨年情熱大陸にも取り上げられた大注目の若手ウエディングデザイナーである。

しかし、順調に見える彼女の人生の裏側には、いくつもの苦労が隠されていた。

困難なことに立ち向かう時に必要な心構えとは?

さあ・・・THE HANY デザイナー、伊藤羽仁衣様の登場です!

 

「私は運がいい」

ファッションショーで登場するウエディングドレスを見て、『私の方がかわいいドレスを作れる!!』と思ったことが、ウエディングドレスデザイナーになったきっかけです。

海外で勉強して、社会人経験を積んでから自分の店を出そうと思っていたのですが、パパに相談をしたら、「チャンスの女神は前髪しかないから今やりなさい」と言われ、半年後に店を出すことになりました。

最初は、“お嫁さんを綺麗にしたい”という想いからスタートしたのでは無く、“かわいいドレスが作りたい”という気持ちで始めたのでわからないことがわからないくらい何もわかりませんでした。

良くも悪くも常識が無いので、自分が着たいと思う作品を作り続けました。「個性的で可愛いドレス」が口コミで広まり、提携ホテルも次第に増えていきました。5、6年が経ち、ようやく基盤ができた頃パパが急にガンで亡くなったのです。その時、小学生の頃に頭に思い浮かんだある物語を思い出しました。

自分が27歳になった時に父親が亡くなり、その後苦労をするけれど、年を重ねるにつれて徐々に自分の夢が叶っていくという内容でした。

パパがガンで亡くなったのは私がちょうど27歳の時。偶然にも子どもの頃、思い浮かんだ物語と同じだったのです。自分の夢を叶えるために東京に出るしかないと決心し、新たに会社を立ち上げました。

今までは資金繰りや、経営のことなど、パパに守られた中で活動してきたことを痛感しました。毎日、毎日、次から次へと問題が出てきます。

でも、どんな問題も苦労も夢を達成するために必要なことなんだから目の前の問題は、必然的に起こっているんだと捉えています。昨年、情熱大陸の取材を受け、急に名前が世の中に出てしまい、体制が整っておらず、色々なトラブルが発生してしまいました。

普通の人は、先輩に怒られたりしながら下積みの時代を過ごします。そして、やっとの思いで店をオープンできたり、テレビの取材を受けたりします。

だけど、私は社会人経験も無く、急に店を持つことになり、テレビに出たりと人がやるような基礎的な苦労はしていなかった。その歪が今出ているのだと思います。

人は後から振り返ると順番が違うだけで、みんな同じような道を辿り努力をするようになっているのだと思います。

私は他の人と順番は前後しましたが、今このタイミングで基礎を磨く経験が改めてできて、すごく感謝しています。将来は、世界中の人に、羽仁衣の作るものを着たり、持ったりしてもらいハッピーになって欲しいと思います。

タグ:

こちらのスゴい人もオススメです

日刊スゴい人!をフォローする