【塚本 徳臣】空手世界大会を最年少と最年長で優勝という金字塔を打ち立てたスゴい人!

塚本 徳臣

本日登場のスゴい人!は、全世界空手道選手権大会に最年少で優勝を果たした。当時21歳。

その後、37連勝という大記録を打ち立てた。

しかし、過酷な練習による疲労から体を壊し、勝てない時期が続いた。

ある気づきがきっかけで、再び世界の舞台で優勝を果たす。

彼を変えた気づきとは?

さあ・・・新極真会 世田谷杉並支部長、塚本徳臣様の登場です!

 

「我欲を捨てた先にあるもの」

高校卒業の時に「空手で世界チャンピオンになりたいなら、東京へ行け」と先輩が薦めてくれたのがきっかけで、地元長崎から、東京に出てきました。

そこから、空手の練習に明け暮れる日々が始まりました。

所属した道場の選手クラスには、世界クラスの選手ばかり。自分なんて足元にも及ばず、ボコボコにやられました。先輩から、「世界チャンピオンになりたいなら、友達を作るな」というアドバイスをいただき、朝からコンビニでバイトをして、17時〜23時までの練習。その後、池上本願寺の急な坂道をダッシュで駆け上がる。これを1時間。ついて行くのがやっとでした。つらくて、つらくて、地元に帰りたいと何度も思いました。しかし、この時期を乗り越えることができたのも、長崎の友人がいたからだと思います。自分は長崎を代表して出てきたと思っていたので、結果も残さず帰るわけには行きませんでした。

練習を重ねるうちに、少しずつ周りが認めてくれてやりがいを感じていきました。上京して3年後、出場した全日本体重別の大会でベスト8に入賞し、世界大会へ。自分でも信じられないことに、優勝することができました。そこから、大会で優勝するたびに、練習時間を1時間ずつ増やしていき、その成果か、37連勝することができました。

練習時間を13時間に増やした頃、体を壊してしまいました。練習のし過ぎで体の免疫力が落ちてしまい、内臓が悪くなっていたのです。即、入院することになりました。

復帰後、調整不足で臨んだ試合は、思うように身体が動かず、負け。ここから、何年もの間思うような成績を残せず、苦しい時期が続いたのです。体重を80キロまで落としてみたり、練習方法を変えてみたりと色々と試行錯誤しましたが、結果が出ません。

ある時、自分が負けたトーナメントの決勝戦の試合で、彼の強さの原因は何なのだろうかと観察してみていると、その選手の心がとても綺麗であるということに気づいたのです。

『自分の強さを見せ付けてやろう』などの我欲が一切無く、生徒や周りの人のために戦っていたのです。

自分はどうだろう?と考えました。『勝ちたい』一心で練習し、体力や技を向上させるやり方では限界があり、自分の体も壊れていくことを実感しました。その日から毎日、自分に向き合い、深く深く反省しました。徐々に変化が表れました。

自分の中の我欲を捨てて、宇宙のエネルギーを体に取り入れて、自分は地球と一体だと考えて行動するようにしたら、体が軽くなり、技の改良点もどんどん見えるようになりました。

自分の力以上の力が後押ししてくれることを感じることができるようになったのです。

そして、平成23年秋に臨んだ世界大会で、優勝することができたのです。

空手だけに関わらず、物事を正しく見て、正しく考え、嘘を言わず、間違ったことをしないで、規則正しい生活をすることで、実力以上の力が与えられるのだと思います。

これからは、指導者として、空手の技だけでなく、心構えについても伝えていきたいと思います。

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