【松久 信幸】世界中のセレブリティが通うレストランを世界に31店舗持つスゴいシェフ!

松久 信幸

ロバート・デニーロと共同経営しているお店として有名なレストラン“ノブニューヨーク”

本日登場のスゴいシェフ!の元には、連日のように店を出したいという多くのオファーが世界中から舞い込む。

彼は、寿司職人として、南米のペルーに渡り挫折を経験した。

そして、アラスカの地で始めた店が火災で全焼!!

初心に返り、どん底から再起をかけた、そして運命の出会いから世界各国への出店へと繋がった。

何がここまで成功させたのか?

さあ・・・ノブ東京、松久信幸様の登場です!

 

「自分を信じること」

小さい頃、兄が寿司屋に連れて行ってくれた時に受けたインスピレーションが刺激的で、

寿司屋になることが夢になりました。高校を卒業後すぐに寿司屋の住み込みで板前の修行。

板前の小僧時代は、出前や皿洗いをしていましたが、友人が食べにくると恥ずかしかったり、これでいいのかな、という迷いはありましたが、絶対に板前なりたいと思いました。

小学校1年生の時に父が亡くなりました。父は、材木商をしており、パラオなど海外へ買い付けに行っていました。

当時の写真が残っていて、父に会いたい時はその写真を見ていたので、海外で働くことに憧れていました。

私にとっての海外は、パリやニューヨークの大都会ではなく、パラオのような場所で

ネイティブな人達と働くことでしたので、ペルーで働かないかと誘われた時には、アンデスの地はまさしく私の行きたい場所でした。

南米の寿司屋で働いた後に、アラスカで出店したレストランが50日目に全焼しました。

この時は、さすがにもう死のうと考えましたが、側に女房と二人の娘がいたことが勇気付けられました。

借金を抱えたまま帰国。だけど日本に居場所が無い。ロスにいる先輩が「いいからロスに来い」と行ってくれて逃げるようにしてロスに行きました。

初心に返り、ロスで7年間、日本食レストランに勤めました。1987年にビバリーヒルズに店を出した時にロバート・デニーロさんが食べに来て、味を気に入ってくれ、是非ニューヨークで一緒に店を出そうと誘ってくださいました。

しかし、私にとって店は、子供と同じでまだ生まれたての赤ちゃんの状態。『育てていかなくてはいけない』と思いお断りしました。

それから4年後、「もうそろそろいいだろう」とお誘いを頂き出店するに至りました。

ビバリーヒルズで出店した後に、自分からやりたいとアプローチしたことは一度もありません。

一つのところが順調に行くと、他からお誘いがあり、今となっては世界に31店舗を展開しています。

失敗を恐れていたら何もできません。一生懸命していたら誰かが助けてくれます。

情熱もなく、いい加減に動いていれば誰も助けてはくれません。どんな時も情熱を持って一生懸命やることですね。

そして自分を信じること。大変なことを敢えて選んでみてはどうでしょう。

自分がこうしたいと決めたら自分を信じて前に進んでください。

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