【安田 藤一朗】遠い異国の地で日本人の遺骨を拾い続けているスゴい人!

安田 藤一朗
"全国ソロモン会"という名前で活動するグループがある。彼らの主な活動こそ・・・『ソロモン諸島での遺骨の収集』その昔、 ガダルカナル島を代表としたソロモン諸島において多くの日本人たちが、 戦争によって亡くなった。日本ではない場所で死に、未だに遺体が見つからない人たち・・・3月11日、
東日本大震災。僕らは、この日を風化させてはいけない。今日のスゴい人!は、1945年に終わった戦争の悲劇を 未だに風化させないために活動をし続けている。この活動から、我々は、何を学ぶのか?
さあ全国ソロモン会会長、安田藤一郎様の登場です。

「遺骨収集にかける想い」
私は戦争当時、敵軍から赤鬼軍団と恐れられていた、熊本第二師団に所属していました。連戦に次ぐ連戦での快勝に次ぐ快勝。『プスッ、プスッ』自分の横を、鉄砲の弾が通ることもありました。敵軍の中に銃剣や軍刀を握り締めて突撃することもありましたが、不思議と怖いと思ったことは、一度もありませんでした。もっとも怖いなんて思ったら 戦線に立つことなんてできません。

 戦争に出発する時も、幟を立てて大々的に見送りが行われ、お国のために戦えるということは、
 大変名誉なことでした。そこには悲愴感などありませんでしたね。ガダルカナル島で、日本の戦局が悪くなったため、我々の師団が派兵をされました。ガダルカナル島は、悲惨な状況で陸軍、海軍合わせて
 2万5千人が亡くなりました。そのほとんどが、食料の補給が無く餓死したため、ガダルカナルの先頭の文字になぞらえて餓島とも呼ばれていました。
日本軍はガダルカナル島の戦いで敗戦したのがきっかけで、徐々に追い込まれていったのです。
敗戦となり、日本に帰還することになりましたが、自分の中で、あることを心に堅く誓いました。
『戦友の遺骨を必ず戻って来て、引き上げる』戦友は兄弟みたいなものです。生活を共にし、
共に戦った仲間の顔は忘れることができません。遠い異国の地に、まだ、戦死した亡骸が大部分放置されています。それが、今の全国ソロモン会の遺骨収集を行うきっかけになっています。

 昭和47年から毎年ソロモン諸島を遺骨収集のため訪れています。一人でも多くの仲間を日本に帰したい、
 その想いで活動をこれからも続けていきます。

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