【関谷 英里子】日本一の作家エージェントと呼ばれるスゴい人!

関谷 英里子
アル・ゴア、ダライ・ラマ、彼女が通訳した世界の著名人は数知れない。
あらゆる業界で活躍する著名人から次々とオファーが舞い込み、日本から世界に名前を広げる女性。
彼女は言う・・・
“自分以外にはなれないのよ!”
なりたい姿を追うとは?
さあ・・・関谷英里子様の登場です!

「自分以外にはなれない!」
医者だった父の仕事の関係で、6歳の時、家族でイギリスに移った。
弟はすぐに友達も出来て現地に馴染んだ。
しかし、日本語もままならないまま、あまりにも英語に馴染みすぎた弟は逆に、日本語が使えなくなった。
日本語を話す両親、そして、日本語が話せなくなった弟。
私が間に入ることで、家族の会話が成り立つという生活。
こんな不思議な生活が3年も続いた。
日本に帰国した私は、おぼろげながらに、父親の背中を追い、医者になるんだろうなと、思っていた。しかし、中学校2年生の時、すべてが変わった。理科の実験で、“ひよこ”の解剖があったのだ。実験対象のひよこを手のひらに乗せた瞬間、涙が止まらなかった。今まで、先生の言う事を聞いて、両親の言う事を聞いて、レールの上を歩み続けていた私が、課題を拒否・・・
ひよこという小さな生き物ですら扱えなかった私。
レールの先の未来から医者という世界は消えてしまった。一瞬で。
結局、私は大学を卒業して大手商社に入った。もっと、もっと世界で活躍したくて外資系大手化粧品会社に転職。俗にいう、キャリアの道を登り続けていた。
しかし、あまりのハードワークからぷっつりと、糸が切れた。
逃げるようにして学生時代の同級生が立ち上げたベンチャー企業へ。たった、3名。家庭教師の派遣業。ずっと、世界を相手にビジネスを手がけていた私と、主婦を相手に営業している私。ずっと、このギャップに苛まれた。
そんな時、どうしても目の前の収益を上げるという理由で、当時はまったくするとも考えていなかった翻訳の仕事を会社で受けて、私に任務を課した。
でも、これが面白くて、結局、あれほど悩みながらもベンチャー企業に6年も在籍した。
今、私は独立した。
6歳の頃、弟と両親の間に入ってやっていたことが今となっては、仕事になっている。
不思議な縁だ。
頂いたチャンスに全力を尽くし未来を夢見る暇もないくらい今を一生懸命こなしていたら、アル・ゴアや、ダライ・ラマなどの一流人の講演の際、声がかかるようになった。
自分の提供できるサービスを求めてくれる人を大事にしよう!
突然のシンデレラストーリーなんてないんだからね!!

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